第103話 復讐(壱)
「俺、今日休みやったんですけれど……」
そう不平を口にするのは
この日、千景は
目的は、綾小路の壊れてしまった立て鏡の修復である。綾小路からの依頼を受けて早二日で、ヒサメは鏡を修復する準備を整えたようだった。
――理由は分からんけれど、妙にやる気やよなぁ。この人。いや、それはヒサメさんの勝手やから良いんやけど……。
良くないのは、どうしてソレに自分まで付き合わなければならないのか…ということ。綾小路の依頼を受けたのはヒサメ個人であるのに、休日返上で無理やり連れてこられて、彼は納得できなかった。
綾小路の屋敷に入る前、小声でヒサメは千景に話しかけた。
「この屋敷に、『
「妙な真似?」
「任せたぞ」
「はっ!?いや、ちょっと…」
千景の了承の返事も待たず、自分だけさっさと屋敷の門をくぐるヒサメ。その背中を追いかけつつ、千景は言った。
「相変わらず、勝手な人やなぁ!もうっ!!」
*
ヒサメと千景は客間に通されると、程なくして屋敷の主である
「これから、鏡の修繕を始めてもよろしいですか?」
ヒサメが伺うと、綾小路は「それは願ってもない」と頷いた。すぐに彼は声を張り上げて、召使いを呼ぶ。そして、例の鏡を持ってくるよう命じた。
ややあって、一人の若い女中が客間にやって来た。その腕には、絹の布に包まれた鏡がある。
女中の顔を見て、千景は「あっ」と小さく声を漏らした。彼女の鼻の頭には、目立つそばかすがあったからだ。もしかしなくても、彼女が『栄』なのだろうか。
――この子が妙な真似をせんように……って、この子は何者なんや?
疑問に思いつつ、千景は栄の動向を見守った。
栄はヒサメに例の鏡を手渡す。その際、敵意に満ちた眼で彼を見ていたものの、特に妙な行動は起こさず、部屋から出て行った。
客間の中央にヒサメと綾小路が座り、千景は部屋の隅に控える。廊下に近い場所で、何気なくそちらに視線を移した千景はハッとした。
廊下の曲がり角に、まだ栄が佇んでいたのだ。なんだか、彼女は鬼気迫るような表情をしている。
――これはホンマに何かしでかす気かも。
千景は気を引き締め、栄の方に注意を向けた。
さて、ヒサメはというと、彼は鏡の修復に取り掛かろうとしていた。
絹の包みを開けると、先日のように美しい異国風の立て鏡が現れる。優れた反射性をほこるガラス鏡がヒサメの端正な顔を写していた。
残念なことに、その鏡面には大きなヒビが入っている。これを修復するのが、今回のヒサメの仕事だった。
キラリと光を反射する鏡。しばらくの間、それをヒサメは無言のまま見つめる。
やがて、ヒサメは『修復の呪符』の呪符を手に、口の中で
ひとりでに札がふわりと宙を舞うと、それは広がって立て鏡の鏡面をすっぽりと覆う。呪符に書かれた神与文字が青い光を帯び、それが炎となって札全体を包み込でいく。
「おおっ」
目の前で上がった青い炎を見て、綾小路は驚きの声を上げた。
そして、自らの炎に焼かれ、呪符が燃え尽きたとき、現れたのは鏡面に傷一つない立て鏡だった。
「すごいっ!素晴らしいっ!!」
興奮で鼻息も荒く、綾小路は立て鏡を手に取った。彼は鏡を舐めるように眺める。
「完璧だっ!これ、これだよっ!これこそ、わしが求めていた鏡だっ!!」
立て鏡が元の状態に修復されたと分かり、綾小路は感極まって叫んだ。
「すっかり元通りだ!素晴らしい腕前だ!感心したよっ!」
満面の笑みでそう口にする綾小路に対して、ヒサメは「ご満足いただけたようで」と微笑で返した。
――と、そのときだ。
廊下から誰かが駆けてくる足音がした。
千景の目は、こちらに走って来る栄の姿をとらえていた。
彼女は手にキラリと光るものを持っている。それが刃物だと気付いて、彼は舌打ちした。
――妙な真似ってコレかいっ!まったく、ヒサメさん!面倒なことに巻き込んでくれよって……っ!!
胸中でヒサメへの罵倒を吐きながら、千景は
「――っ!?」
栄はビクンと身体を震わせると、彼女はそのまま崩れ落ちた。千景が電気で栄を失神させたのである。
意識を失った栄は廊下に倒れ、彼女の手から刃物が零れ落ちる。すぐさま、千景は手早くそれを拾い上げ、自分の懐に隠した。
「何事だっ!?」
騒ぎに気付いた綾小路が千景の方にやって来る。
千景は廊下で倒れてしまった栄を気遣うふりをしながら、声を上げた。
「おーい、大丈夫か?あかん、完全に気を失ってるわ。突然、女中さんが倒れてしまもうた!」
下手な芝居を打ちながら、千景がちらりとヒサメの方を伺い見ると、彼は満足そうな顔をしていた。
どうやら、ヒサメの思惑通りに事は進んでいるようだ。
――こんなんに巻き込まれてんから、今日はヒサメさん
それくらいしてもらわないと割に合わない。そう考える千景だった。
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