第91話 巫蠱(弐)
主人の
つい一週間前から、そよは高熱が続いていた。しかし、その原因は不明で、医者も手の施しようがないらしい。
「それで、夫の
「ふむ。で、実際のところはどうだったんだ?」
ヒサメは妙龍ではなく、お
というのも実は、妙龍自身には祈祷師の才能があまりないらしい。にもかかわらず、彼が祈祷師として活躍できているのは、妹のお妙ちゃんの力のおかげだった。
「あのお姉ちゃん、呪われてる。でも、アタシじゃあの呪いはとけない」
お妙ちゃんは小さく
「それでお妙が、四条さんを頼るようにと俺に言ったんだ」
「なるほどな。まぁ、妙の見立てなら、その女が呪われているのは確かなんだろう。それにしても、呪いとは……。恨みを買う心当たりでもあるのか?」
「弥兵衛が言うには、
それを聞いて、「えっ、それじゃあ」と私は思わず声を上げてしまう。
弥兵衛にとっての姑なら、彼の妻のそよにとっては……。
嫌な考えが頭に浮かび、口ごもる私に、妙龍は肩を落として頷いた。
「ああ。おそよさんは、母親から呪われているかもしれないんだ」
*
翌日、私とコン、そしてヒサメは妙龍に連れられて、左京の八条大路沿いにある近江屋にやって来ていた。
さすが有名店だけあって、ずいぶんと立派な店舗を構えている。
近江屋は、店の二階に住み込みの奉公人たち寝泊りしているが、店舗と居住空間が別々になっているらしい。表通りから路地に入ったところに住居用の入り口が設けられていて、妙龍はそこで訪いを入れた。すぐに、住居の方から女中と見られる若い女性がこちらにやって来る。
さて、妙龍に頼みごとをされたヒサメや、その弟子のコンはともかく、どうして私まで同行しているかだが……ヒサメに「ついて来い」と言われたからに他ならない。ただ今回は、私も何となくそう言われるような気がしていた。
私は腰に吊り下げた
出迎えてくれた女中さんの先導で、私たちは敷地内へ入った。中庭を挟んで二棟の建物があり、一つは店舗、もう一つが住居のようだ。私たちは後者に向かった。そのまま家の中に入り、ある一室に通される。
室内には一人の若い女性が寝かされていた。
女性は私たちがやって来ても起きる気配がなかった。顔を赤くし、苦しそうに荒い呼吸を繰り返している。
彼女が近江屋の娘――おそよさんなのだろう。
「くるしそう…」
コンが心配そうに呟き、私の着物の袖を握る。
一方、ヒサメは畳に膝をつき、よくよくおそよさんを観察し始めた。
――と、バタバタと廊下を走る足音が聞こえてきた。
振り返って確かめると、一人の青年がこちらへ走ってきている。
「ああ、妙龍さん!」
青年は妙龍を見ると、その腕に縋り付いた。
「また、来てくれたんですね!?良かった!早く、早く、そよを助けてやってくれないか」
「分かってる。分かっているから、少し落ち着け。弥兵衛」
「大事な女房が苦しんでいるっていうのに、落ち着いてなんかいられるものかっ!」
どうやら、この青年がそよの夫の弥兵衛らしい。必死な様子で、妙龍に妻を「助けろ」と繰り返していた。
「だから強力な助っ人を連れて来たんだ!」
「……助っ人?」
「ほら、あの人だ」
妙龍がヒサメを指し示す。にこり――ヒサメは営業用の笑みを貼り付けた。
「あなたは……?」
疑わし気な目で、弥兵衛さんは上から下までヒサメを舐めるように眺める。そんな無遠慮な視線に気分を害した風もなく、ヒサメは自己紹介をした。
「こんにちは。祓魔師の
「え……ええっ!?」
弥兵衛さんは目玉が飛び出そうなくらい、目を見開く。信じられないといように、ヒサメと妙龍を交互に見た。
四条氷雨の名は弥兵衛さんも知っていたようで、「まさか…あの四条の祓い屋?」と彼は呟く。
「そう、そのまさかだ。この四条さんが、おそよさんの呪いを解いてくれる」
「……」
「弥兵衛?」
「……ああ。信じられない。まさか、あの有名なお祓い屋さんが来てくれるなんて。妙龍さん。あなた、とんでもないお方と知り合いですね。さすがだ」
「いや、なぁに」
妙龍は照れくさそうに、頬を掻いた。
弥兵衛さんは目元が涼し気な、整った顔立ちをしていた。店頭に出たら、女性客から人気がありそうな容姿だった。
彼は半年前に結婚した妻――そよを、とても心配しているようだ。改めてヒサメに向き合うと、「そよを、どうぞよろしくお願いいたします」と深々頭を下げた。
ヒサメは弥兵衛さんの許可を得て、おそよさんを再び調べ始めた。
他の五人――私とコン、弥兵衛さん、妙龍とお妙ちゃんは、固唾を飲んでヒサメのことを見守った。
ちなみに、座敷童のお妙ちゃんについて、弥兵衛さんはその姿が見えていないみたいだった。どうも彼女は、神力のない人間には見えにくい存在らしい。
ややあって、おそよさんの身体を調べ終わったヒサメは、きっぱりとこう言った。
「この呪いは――
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