第67話 誤解(壱)

 じっー。

 食い入るように、コンは私の手元を覗いていた。


「コン。そんなに見ても早くできないよ」


 私は手を動かしながら、苦笑する。

 現在、私はお守りを縫っていた。紐で口を閉じた小さい袋型の、ごくごく普通のお守りである。ちょうど良い赤色のはぎれがあったので、それを活用することにした。


 お守り袋に入れるのは、つい先日作製した『守護の呪符』だ。

 例の天狐の筆で書いた赤い神与文字の呪符を、コンにお守りとして渡そうと私は思いついた。

 天狐はコンのお母さんだと言うし、なんだかコンを本当に守ってくれそうな気がしたのだ。


 コンにそのことを告げると、彼は思いのほか喜んだ。それでお守りの完成を、今か今かと心待ちにしているのである。


――こうしていると、前世のことを思い出すなぁ。


 前世で、一年ほど一緒に暮らしていた子供――ユキちゃんにお守りを作ってあげたことを私は思い出していた。かなりつたない縫製の不格好なお守りだったが、それでもユキちゃんは受け取ってくれた。


――ユキちゃんは元気かなぁ。


 もう会えないあの子のことが頭の中をちらつきつつ、私は今縫っているお守りに視線を落とす。少なくとも前世で作ったよりは、縫い目は綺麗でしっかりしていた。我ながら、針仕事が上手くなったと少し自画自賛する。


 というのも、この異世界で針仕事は必須の家事だった。

 着物や生地は全て手織りで高価。現代日本のように、大量生産の安価な既製品が手に入るわけではない。

 着物の破れを繕ったり、サイズ直しをしたり、古い着物を仕立て直したり。針仕事は山のようにあり、裁縫スキルは非常に重要なのだ。


 私は裁縫がそれほど得意ではないが、日々針仕事をしていれば嫌でも上達する。

 そして、前世で悪戦苦闘していた時に比べれば、あっけない程簡単にコンのためのお守りが完成した。

 紐を通し、お守り袋の中に守護の呪符を入れて、私はコンにそれを手渡す。


「わぁ…」


 キラキラとした目でコンは赤いお守りを見つめ、頬を紅潮させていた。そんな風に嬉しそうにしてくれると、こちらまで思わず笑顔がこぼれてしまう。


「コン、これはね。失くさないよう、首に掛けられるようになっているの」


 私はお守りの紐で輪っかをつくり、コンの頭を通して首にかけた。ちょうど、首飾りのように赤いお守りがコンの胸元にぶら下がる。そして、それを彼の懐に入れ、外からはお守りが見えなくなるようにした。


「着物の中にかくしちゃうの?」


 コンは少し残念そうな顔をする。


「うん。コレはコンを守ってくれるものだから。いざと言うときのために、大事に仕舞っておいて」

「むぅ…わかった」


 コンは少し納得いっていない様子だったが、それでも頷いてくれた。

 彼はお守りを仕舞った場所――自分の胸に手を置くと、


「ハルとおかあさんのお守り…」


 小さく呟く。嬉しそうな、でも少し寂しそうな顔をしていた。

 亡くなった母親のことを思い出しているのだろうか。私もなんだかしんみりした気持ちになる。


 ややあって、コンが屈託ない笑顔をこちらに向けてきた。


「ハル!ありがとうねっ!」


 元気よく言って、私に抱き着くコン。私は彼の頭を撫でながら、「喜んでもらって良かった」と答えようとし――


「ひゃあっ!?」


 私は素っ頓狂な声を上げた。

 だって、コンの小さな手が私の脇腹をこちょこちょとくすぐっているっ!!


「あはっ!ちょっ…コン、やめてって……ハハッ!」

「えへへへ~」


 くすぐるコンと、くすぐられて大笑いする私。笑いすぎて、涙まで出てくる始末だ。

 やられたらやり返す!ということで、私もコンをくすぐった。


 そうやって、二人でドタバタしていると、相当うるさかったのか、誰がこちらにやって来る気配がした。

 断りもなく、パンッと障子が開け放たれる。

 そこにいたのは――よりにもよって、ヒサメだった。


「お前ら……いったい、何をやっているんだ?」


 畳に転げている私とコンを見下ろして、ヒサメは心底呆れたように言う。


――なんか、こういうシチュエーション。前にもあったなぁ。


 私はデジャブを覚えた。



 その日、そろそろ夕飯の準備に取り掛かろうとしていた頃合いに、ふらりと千景ちかげさんがやって来た。

 私は彼と、玄関でばったり出くわす。


「こんにちは~、ハルちゃん」

「こんにちは。今、ヒサメ様は出掛けていますよ」

「うん。さっき、おコマさんから聞いたわ。茶の間で待たせてもらうなぁ」


 勝手知ったる他人の家といった感じで、千景さんは室内に入って行く。ここのところは、特に千景さんの訪問は多く、夕飯を食べていくこともしばしばだ。


 今夜もそのつもりだろうか?一人分くらい作る量が増えてもどうということはないし、彼がいると食事の席が明るくなって良いけれど……。

 そんなことを考えていると、門の前が騒がしくなった。甲高い声が聞こえてくる。ヒサメを待っている女性らの声だ。


「ヒサメ様、帰ってきたみたいですね」

「相変わらず、すごい人気やねぇ」


 他人事のように、私と千景さんは言い合う。


「ハルちゃんも例の小説読んだんやろぉ?ヒサメさん見て、『きゃー』ってならんの?」

「なりませんね。というか、あの小説の主人公と似ているだなんて思いませんでした」


 なにしろ、性格が全然違う。ヒサメはあんなに紳士的でも親切でもない。おまけに口が悪い。

 叶うことなら、あの男の外面に騙されているご婦人方に声を大にして、それを言いたかった。


「そういや、元からハルちゃんはヒサメさんに対して、ちょっと冷めているよなぁ。あのお顔にときめいたりせぇへんの?」

「……は?」

「うわっ、すごく嫌そうな顔」


 そりゃあ、千景さんが気色悪いことを言うからだ。私がヒサメにときめく……だと?

 ヒサメにやられたアレやコレやが私の脳裏をよぎった。


「私って、そんなに被虐趣味に見えますか?」

「いや、ごめん。今のナシな、ナシ!」


 千景さんは、コロコロ笑いながら謝ってくる。

 やがて、ヒサメが玄関までやって来た。案の定、機嫌が悪い……って、え?


「……」


 思った以上に、機嫌が悪い。悪すぎる。ヒサメからは不穏な空気が漂っていた。

 そして、そんなヒサメはじとりとした目で私を見下ろしてくる。


 標的ターゲットは……私か?


「ハル。お前、ちょっと来い」

「え、いや。あの…」


 私の答えなど聞く気はないようで、ヒサメはむんずと私の手首をつかんだ。そのまま力任せに、引っ張られる。この男、存外に力が強く、私では振り払えない。


「えっ、ええっ!?ちょっと!ヒサメさん?ハルちゃん!?」


 戸惑い驚いている千景さんの声が遠のいていく。


――私、いったい何をしでかした!?


 問答無用でヒサメに手を引かれながら、私は目まぐるしく頭を巡らせた。



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