第61話 駒
「おい、うちのちっさい奴らはどこいった?」
そう言って、居間にヌッと顔を出したのは、この屋敷の主である
「コンちゃんとハルちゃんなら、夕飯のお買い物に行っていますよ」
「ちゃんと見張りはつけているだろうな?」
「もちろんです」
「鬼がそう簡単に都へ侵入できるとは思わないが、用心しろ。前の一件で、コンの情報が漏れている可能性がある」
「はい」
前の一件というのは、人喰い鬼のことだ。
コンが復讐心に駆られて暴走したせいで、一歩間違えれば大惨事になりかねなかった事件である。
何とか事なきを得たが、問題も残った。コンが自分の出自を
コンが神白子の先代の山神である天狐の忘れ形見であることは、誰にも言わないようにとヒサメが言い聞かせていた。
その約束をコンは破ってしまった形になる。
――話を聞けば、鬼の注意をハルちゃんから
コマはひっそりと溜息を吐く。
コンの出自を秘密にするのは、ひとえに彼自身の命を守るためだ。
彼が母親の天狐から受け継いだ『力』はかなり特異なものだと、コマも承知している。その『力』を喉から手が出るほど欲しがっている
現に、天狐もその『力』を狙った
星熊童子らの誤算は、天狐が殺される前に、自分の『力』を
生前の天狐が
加えて、星熊童子の本拠地はあくまで丹州で、天狐の代わりに山神となった今でも、神白子山には不在がちであったこと。
この二つの幸運が重なって、コンの存在は星熊童子たちに知られずにすんでいた。しかし、今回の一件でその情報が鬼たちに伝わってしまった可能性があるのだ。
ゆえに、ヒサメはいつも以上に神経質になっている。
そんな主にコマは声を掛けた。
「コンちゃんに何かあったら、鳥たちが知らせてくれます。それに、ハルちゃんもついていますし。そう、心配なさらなくてもよろしいのでは?」
「ハルか…」
その名を呟くヒサメは、少し呆れたような顔をしている。
「あいつは
そんなことを言いながらも、ヒサメがハルのことを信用し、気に入っているのをコマは知っていた。そうでなかったら、ヒサメが彼女の作った料理を口にするはずがない。
――何だかんだ言ってヒサメ坊ちゃん、ハルちゃんと話すと楽しそうなのよね。からかっているときは特にそう。
ハルには迷惑かもしれないが、ヒサメが嬉しいと自分も嬉しいコマである。彼が人間相手に、気を許すことは早々ないので、輪をかけてコマは喜んでいた。
人間不信なヒサメが気を許せる人物は限られている。ハルや千景など、数えるほどしかない。
それはヒサメの生い立ちを考えると仕方ないかもしれないが、コマとしてはもっと人間同士での交流を大事にして欲しい。
人間同士でしか分かり合えないこともあるだろう。だから、ヒサメには分かり合える人間の存在が必要なのだ――そう、コマは考えていた。
――ハルちゃんなら、ヒサメ坊ちゃんの良い理解者になってくれるんじゃないかしら。
コマがそんな風に考えるのは、なにもハルの料理の腕が良いだとか、
ハルは
自分の家族や仲間を大切にできる者は信用できる。
これはコマの持論だった。
「それにしても、あいつら。やけに帰りが遅くないか?どこまで買い物に出かけたんだ?」
「そうですねぇ。二人がどこにいるか、ちょっと調べてみ――」
そう言いかけたところで、開いた障子の隙間から小鳥が飛び込んできた。
緑がかった羽で、目の周りが白く抜けている――メジロだ。それもコンと共にいたはずのメジロだった。
「いったいどうしたの?コンちゃんとハルちゃんは?」
慌てて、コマは事情を聞く。そして、メジロからの話を聞いて「ええっ!?」と声を上げた。
「なんだ?どうした?」
「ヒサメ坊ちゃん、それが……」」
コマは今しがた、メジロから伝えられた内容を話す。
「コンちゃんとハルちゃんが、どうも天狗に連れ去られたらしいんです」
それを聞いて、ヒサメは頬をひきつらせた。
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