第60話 少女(肆)

 左助さすけ右助ゆうすけという二人の天狗は、地面にひざまずいて平伏していた。

 早い話が土下座である。


「申し訳ございませんでした」

「申し訳ございませんでした」


 同じタイミングで謝罪の言葉を口にする青年たち。小鈴ちゃん曰く、彼らは双子らしい。なるほど、顔がソックリなら息もピッタリ合っている。


 小鈴ちゃんの起こしたつむじ風に吹き飛ばされた後、左助と右助はこってり彼女に絞られていた。




「俺らは襲われそうになっているお嬢を助けようと思って…」

わたくしはコン様に襲われてなどおりません。コン様は転んでしまった私に手を差し伸べようとしてくださったのです!」

「そんな……」

「コン様もハル様も私の命の恩人なのですよ!そんな二人に貴方たちはなんてことを……っ!!」


 やはり誤解があったようで、コンや私が誘拐犯じゃないことを知って双子たちは仰天していた。


「貴方たちときたら、頭に血が上ってしまって、こちらの話を聞こうともしない!それで、コン様やハル様に暴力をふるうなんて!恩を仇で返すなんて…っ!!本当に信じられないわっ!!」


 声に怒りをにじませる小鈴ちゃんを前にして、左助と右助の顔はすっかり青ざめていた。それで土下座での謝罪にあいなったわけである。




「べつにいいよ」


 あっけらかんとコンが言う。その姿はロウさんから、いつもの少年のものに戻っていた。

 コンの細い足や顎は内出血していて痛々しい。先ほどの戦いで、天狗たちに錫杖でしたたか打たれた痕である。

 一方、双子の天狗たちはコンの許しを得て、顔を上げ、ホッと胸を撫でおろしている。それらを見ると私の心境は複雑だった。


――左助と右助は本当に反省しているみたいだし、コン本人が謝罪を受け入れているんだから、私がどうこう言うのは、お門違いかもしれないけれど……。


 もう少し人の話を聞いたらどうだと、私も彼らをなじりたい気持ちに駆られた。それをグッと呑み込んで、コンに声を掛ける。


「小鈴ちゃんが迎えの人に会えたようだし……コン。そろそろ屋敷に帰ろうか」

「あ、あのっ、ハル様!コン様の手当てと、ぜひお礼をさせてくださいっ!!」


 帰ろうとする私たちを、小鈴ちゃんが慌てて引き留めた。

 彼女の心遣いはありがたいが、正直なところ左助と右助の二人とは関わり合いになりたくない。これ以上、面倒に巻き込まれないためにも、早々にこの場から立ち去りたかった。


「大丈夫だよ。コンのことは屋敷に戻ってから、こちらでちゃんと手当するから」

「そんなっ……」


 小鈴ちゃんはショックを受けたような顔をし、それからギロリと双子たちを睨んだ。ビクっと彼らは肩を震わせる。


「こ、このままお返しするわけにはっ!!

「ど、どうか我々に手当てをさせて下さい!『はち』はもう、目と鼻の先ですからっ!!」


 必死の形相で左助と右助が訴える。

 『はち』というのは、天狗が懇意にしているお店の名前だ。そこでコンの手当てをしてくれるというのか。


「お願いしますっ!」

「どうか!我々を助けると思ってっ!!」


 双子たちのは、お願いというか、もはや懇願だ。そして、その背後で目を光らせる小鈴ちゃん。

 そんな三人を見比べて、コンが口を開く。


「ねぇ、ハル。おねがい聞いてあげよう?なんか、かわいそうだよ」


 コンの言葉を聞いて、双子たちから「コン様っ!」と感激の声が上がる。

 やれやれ、と私は肩をすくめて見せた。



 『はち』というのは、こじんまりとした居酒屋風の飲食店だった。

 格子戸を開けた先に見えるのは、厨房に面したカウンター席。その後ろには、小上がりの席がある。

 店内に客はおらず、店主らしき中年の男がいるだけだった。小鈴ちゃんの姿を目にして、彼は声を震わせる。


「ああ、お嬢!」

「心配かけてごめんなさい」

「いえいえ、ご無事で何よりです……と、そちらの方は?」


 店主は不思議そうな顔で、私とコンの方を見た。


「私の恩人の方たちよ。こちらの不手際で怪我をさせてしまったから、で手当てをするわ」

「えっ!この方たちを招き入れるんですか!?おやかたさまの許可は……」

「お爺さまには私から話すから、問題ありません。奥を通りますね」

「は、はぁ…」


 どう見ても店主は戸惑っている様子だったが、小鈴ちゃん構わず店の奥へと進んで行く。

 店の奥の突き当りには引き戸が一つ設けられていた。小鈴ちゃんはそれを開け、私たちにも中へ入るように促す。


 扉の先は、砂利が敷かれた細長い通路になっていた。窓がないせいか、昼間だというのにかなり暗く、向こう端が見えない。ただ、足元に行灯が置かれているため歩けないほどではなかった。


「さぁ、行きましょう」


 小鈴ちゃんが先頭に立って、私とコンを案内する。その後ろに、左助と右助が続いた。

 歩き始めてすぐ、私は違和感を覚えた。


――なに、この通路……。すごく長い。


 すでに十数メートルは進んだ気がする。この店の規模をしっかり確認したわけではないが、明らかに外観に比べてこの通路は長すぎる気がした。

 いったいどこに続いているのか。通路の暗さもあいまって、私は不気味に感じた。


「ねぇ、どこに行くの?いつまで歩くの?」


 尋ねると、朗らかな小鈴ちゃんの声が返ってくる。


「もうじきですわ。あぁ、ほら」


 小鈴ちゃんが立ち止まり、引き戸を開ける。そこから光が漏れてきて、眩しさに私の目はくらんだ。

 ややあって、明るさに慣れた私の視界に飛び込んできたのは、何の変哲もない畳の部屋だった。


 中央に机が置かれ、その近くには座布団。その他には押し入れと、床の間、格子窓。床の間には花瓶に花が活けられていた。

 

――なんだか、旅館の一室のような部屋だなぁ。


 そんなことを考えていると、窓の外に大きなわしのような鳥が悠々と飛んで行くのが見えた。


――……って、鷲!?


 この大和宮やまとのみやは大都会だ。鷲なんて飛んでいるはずがない。

 私は驚いて窓に駆け寄り、それから絶句する。


 見渡す限りの青い空、紅葉で赤や黄に色づいた木々、その向こうには大きな湖。

 ここは都のはずなのに、窓の外には雄大な自然が広がっている。


「ここはどこっ!?」


 私は仰天して声を上げる。

 すると、小鈴ちゃんが笑顔で教えてくれた。


「ここは。江州ごうしゅう山毛欅ヶ岳ブナガタケ。天狗のおさ、次郎坊のお屋敷。私のでございます」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る