第59話 少女(参)
小鈴ちゃんの言う懇意のお店というのは、外京の
私とコン、そして小鈴ちゃんの三人は、外京へと向かう。
道中、コンと小鈴ちゃんは楽しそうにおしゃべりしていた。
――小鈴ちゃんがしっかりしているから、なんだか年の近い姉弟みたいだなぁ。
二人の姿を微笑ましく思いつつ、私は辺りに気を配る。小鈴ちゃんを追っていた狩り人――あの人相の悪い男たちがいないかどうか、道行く人々の顔を確かめた。
そうこうしているうちに、私たちは目的地付近にたどり着く。繁華街の中心から外れているせいか、商店は少なく、民家が多い。人通りはまばらだった。
「次の角を左に曲がると『はち』というお店があるんです」
そう小鈴ちゃんが教えてくれたとき、後ろで誰かが大声を張り上げた。
「ああっー!あんな所にいやがった!」
「逃がすなっ!捕まえるんだっ!!」
この声、よく覚えている。小鈴ちゃんを追っていた男たちの声だ。
振り返ると、二人の男がこちらへ猛然と走ってくるのが見えた。
私はコンと小鈴ちゃんを逃がそうとしたところで、ハッとする。コンの目がらんらんと光っていた。
――この子、
私は慌ててコンに言った。
「コン!白昼堂々、街中で熊に化けてはだめっ!えっと…そうだ!人間の姿のロウさんにしてっ!」
「わかった!!」
すぐにふわりと煙が上ると、その中からロウさんが飛び出してきた。
見た目はロウさんそのものだが、もちろんその正体は変化したコンである。
狩り人の男たちはギョッとした顔で面食らっていた。
そりゃあ、そうだ。自分たちより一回りも二回りも大きい大男がいきなり現れ、突進してきているのだ。恐怖以外の何物でもない。
一方のコンは臆することがなかった。
この時点で、もはや勝敗は決まっていた。
*
あっさりと、本当にあっさりと、コンは狩り人の男たちを叩きのめしてしまった。男たちは気を失い、地面に転がっている。
「コン、強い~」
私は思わずパチパチと拍手をする。
「……かっこいい」
隣で呟く小鈴ちゃんに、私は心から同意した。
本当に、コンは強くて立派な
「コン様、その……悪党を退治してくださり、ありがとうございます」
そう言いながら、小鈴ちゃんがコンの元に走ろうとする――と、小石に足を取られて、彼女は転んでしまった。
「だいじょうぶ!?」
「小鈴ちゃん!」
コンも私も急いで、小鈴ちゃんに駆け寄ろうとした……が?
「貴様らっ!お嬢に何をしているっ!?」
鋭い叱責の声が辺りに響いた。
――なに?なんなの!?また、狩り人の追手が……?
私は辺りを見回す。しかし、どこにも声の主らしき人間の姿はない。私たち三人の他は、道端で伸びている狩り人しかいなかった。
「ハルッ!上!!」
「えぇっ!?」
コンに言われて見上げると、民家の屋根の上に二つの人影があった。
そこにいたのは、十代後半くらいの青年だった。冬だというのに、日に焼けた浅黒い肌をしていて、二人してそっくりな顔をしている。一目で血縁関係にあると分かった。もしかしたら、双子かもしれない。
その青年たちの格好が、これまた奇妙だった。長い
――なんだか、
先ほどの狩り人とは装いが全然違うが、仲間なのだろうか?
私が混乱していると、青年たちは「とうっ」と声を上げて、それぞれ屋根から飛び降りた。器用に地面に着地し、手に持った錫杖をコンに向ける。
「お嬢に触れるなっ!」
「お嬢が中々帰ってこないと思ったら……さては、貴様ら!お嬢をさらおうとしたなっ!」
「へっ?」
身に覚えのない罪に問われて、コンは不思議そうな顔をする。
お嬢というのはこの場合、やはり小鈴ちゃんのことだろう。
――この人たちって、もしかして小鈴ちゃんの知り合い?……ってことは、天狗!?
小鈴ちゃんと同じように、山伏風の青年たちは一見人間にしか見えない。
それよりも気になるのが、現在進行形で、何か盛大な誤解が生まれているような気がすることだ。
私はよくよく現状に目を向けてみた。
転んで四つん這いに近い格好の小鈴ちゃん。
そこに駆け寄ろうとしたコン――ただし、現在はロウさんの姿をしていて、身長二メートルの大男だ。
――もしかしなくても、コンが小鈴ちゃんを襲っているように……今まさに誘拐しようとしているように見える……?
サッーと私の血の気が引いた。
「お嬢に手出しはさせんっ!いくぞ、
「承知だ!
青年は錫杖の持ち方を変えると、それをコンに向かって素早く突き上げた。コンは慌てて身体をひねる。その顔の横を杖の先端がかすめた。
後ろに下がろうとするコンをもう一人の青年が追随する。彼の持つ錫杖がピシャリとコンの脛を打った。痛みにコンは顔をしかめるが、転倒するのを堪えて相手と距離を取る。
「やめなさいっ!その方は敵ではないわっ!」
小鈴ちゃんが叫ぶが、青年たちは頭に血が上っているのか、聞いちゃいなかった。
また、錫杖から突きが繰り出される。狙うはコンの鳩尾だったが、コンはその杖の先を掴み取ると、そのまま青年を自分の方に引き寄せた。力はコンの方が強いようで、青年はたたらを踏む。
だが、そこへもう一人の青年の一撃が見舞った。コンは顎を錫杖で強か叩かれ、ぐらりとその上半身が揺れる。その場で何とか踏みとどまるが、脳震盪を起こしてもおかしくない攻撃だった。
「ちっ。これで倒れないか」
「なんと、頑丈な……」
青年たちが忌々しそうに言う。
――マズいっ!!
この天狗の青年たちは明らかに戦いに慣れている。一対一ならコンにも勝機があるだろうが、このままでは彼らの連携にコンが翻弄されるだけだ。
――私のバカっ!どうして、呪符を持ってこなかったの!?
まさか、街中で危機的状況になるなんて思いもせず、人喰い鬼の件とは違い、私は呪符の類を持ち歩いてはいなかった。あるのは、腰に吊り下げた
これじゃあ、コンを助けられない。
――とにかく、このことをヒサメに知らせなきゃ!
こんなときのために、コンにおコマさんの友達のメジロをつけてもらっていた。その子に今の緊急事態を知らせてもらおう――そう思ったのだが、ここで私ははたと気付く。
――メジロがいないっ!?
戦っているコンの傍にはもちろん、辺りを見回してもそれらしき小鳥の姿はなかった。
もしかして、騒ぎに驚いて逃げてしまったのだろうか。そもそも、メジロがいついなくなったのかも、私は判然としなかった。
いよいよ打つ手がなくなって、私は青年たちの方に駆け寄った。必死で彼らに訴える。
「誤解です!私たちは小鈴ちゃんに危害を加えたわけでは――」
「うるさいっ!女とて容赦せんぞっ!!」
「――っ!」
近寄ろうとする私を、青年の一人が乱暴に突き飛ばした。やはり、こちらの話を聞く耳は持っていないようだ。
私は己のふがいなさに下唇を噛む。
すると、そのとき――
「いい加減にしなさいっ!!」
小鈴ちゃんの大声が辺りに響き渡った。その小さな体のどこから出ているのか不思議なほどの声量だ。
同時に、つむじ風が巻き起こる。
「うわっ!?」
「ぎゃっ!」
突然生じた風の渦巻きは、天狗の青年たちを高々と上空に吹き上げた。そして、一寸後、真っ逆さまに落下する青年たち。
不意を突かれた青年らは受け身が取れなかったのだろう。ゴンッという鈍い音とともに、背中から落ちてしまった。彼らは、痛みのあまり身もだえする。
「いっ、いきなり何するんですか!お嬢!」
「そうですよっ!俺らを吹き飛ばすなんてっ!!」
なんとか復活した青年たちが、口々に小鈴ちゃんに抗議した。その会話で、あのつむじ風は小鈴ちゃんが引き起こしたのだと分かった。
「それはこちらの台詞よ」
そこで青年たちは、やっと小鈴ちゃんの方をちゃんと見たようだった。
彼らが見たのは、 怒りで顔を真っ赤にし、目を吊り上げている小鈴ちゃんだ。
「えっ…?」
「お、お嬢……?」
先ほどまでの威勢はどこへやら。青年たちの声には、明らかに狼狽の色が含まれている。
「そこになおりなさい」
そんな彼らに、小鈴ちゃんは静かに言い放った。
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