第59話 少女(参)

 小鈴ちゃんの言う懇意のお店というのは、外京の辰巳たつみ門前町の外れにあるらしかった。

 辰巳たつみ門前町は有力寺院や神社が集中する地域で、その参拝客目当てに飲食店や土産物屋などが多くある。ヒサメに仕える前、コンの幻術の路上パフォーマンスをやっていた頃に、私たちも何度かそこへ足を運んだことがあった。


 私とコン、そして小鈴ちゃんの三人は、外京へと向かう。

 道中、コンと小鈴ちゃんは楽しそうにおしゃべりしていた。アヤカシの子供同士、話が合うのかもしれない。


――小鈴ちゃんがしっかりしているから、なんだか年の近い姉弟みたいだなぁ。


 二人の姿を微笑ましく思いつつ、私は辺りに気を配る。小鈴ちゃんを追っていた狩り人――あの人相の悪い男たちがいないかどうか、道行く人々の顔を確かめた。




 そうこうしているうちに、私たちは目的地付近にたどり着く。繁華街の中心から外れているせいか、商店は少なく、民家が多い。人通りはまばらだった。


「次の角を左に曲がると『はち』というお店があるんです」


 そう小鈴ちゃんが教えてくれたとき、後ろで誰かが大声を張り上げた。


「ああっー!あんな所にいやがった!」

「逃がすなっ!捕まえるんだっ!!」


 この声、よく覚えている。小鈴ちゃんを追っていた男たちの声だ。

 振り返ると、二人の男がこちらへ猛然と走ってくるのが見えた。

 私はコンと小鈴ちゃんを逃がそうとしたところで、ハッとする。コンの目がらんらんと光っていた。


――この子、る気だ!!


 私は慌ててコンに言った。


「コン!白昼堂々、街中で熊に化けてはだめっ!えっと…そうだ!人間の姿のロウさんにしてっ!」

「わかった!!」


 すぐにふわりと煙が上ると、その中からロウさんが飛び出してきた。

 見た目はロウさんそのものだが、もちろんその正体は変化したコンである。


 狩り人の男たちはギョッとした顔で面食らっていた。

 そりゃあ、そうだ。自分たちより一回りも二回りも大きい大男がいきなり現れ、突進してきているのだ。恐怖以外の何物でもない。


 一方のコンは臆することがなかった。目一鬼めひとつのおにに比べたら、そこらのチンピラなんて目じゃないだろう。

 この時点で、もはや勝敗は決まっていた。



 あっさりと、本当にあっさりと、コンは狩り人の男たちを叩きのめしてしまった。男たちは気を失い、地面に転がっている。


「コン、強い~」


 私は思わずパチパチと拍手をする。


「……かっこいい」


 隣で呟く小鈴ちゃんに、私は心から同意した。

 本当に、コンは強くて立派なアヤカシになったものである。それがヒサメのおかげだというのが、少々心境として微妙ではあるが……。


「コン様、その……悪党を退治してくださり、ありがとうございます」


 そう言いながら、小鈴ちゃんがコンの元に走ろうとする――と、小石に足を取られて、彼女は転んでしまった。


「だいじょうぶ!?」

「小鈴ちゃん!」


 コンも私も急いで、小鈴ちゃんに駆け寄ろうとした……が?


「貴様らっ!お嬢に何をしているっ!?」


 鋭い叱責の声が辺りに響いた。



――なに?なんなの!?また、狩り人の追手が……?


 私は辺りを見回す。しかし、どこにも声の主らしき人間の姿はない。私たち三人の他は、道端で伸びている狩り人しかいなかった。


「ハルッ!上!!」

「えぇっ!?」


 コンに言われて見上げると、民家の屋根の上に二つの人影があった。


 そこにいたのは、十代後半くらいの青年だった。冬だというのに、日に焼けた浅黒い肌をしていて、二人してそっくりな顔をしている。一目で血縁関係にあると分かった。もしかしたら、双子かもしれない。


 その青年たちの格好が、これまた奇妙だった。長い錫杖しゃくじょうを持ち、僧侶とは違った袈裟けさを着ている。衣服の上にはフワフワとしたまん丸い装飾品がついていた。


――なんだか、山伏やまぶしみたいな格好だなぁ。


 先ほどの狩り人とは装いが全然違うが、仲間なのだろうか?

 私が混乱していると、青年たちは「とうっ」と声を上げて、それぞれ屋根から飛び降りた。器用に地面に着地し、手に持った錫杖をコンに向ける。


「お嬢に触れるなっ!」

「お嬢が中々帰ってこないと思ったら……さては、貴様ら!お嬢をさらおうとしたなっ!」


「へっ?」


 身に覚えのない罪に問われて、コンは不思議そうな顔をする。

 お嬢というのはこの場合、やはり小鈴ちゃんのことだろう。


――この人たちって、もしかして小鈴ちゃんの知り合い?……ってことは、天狗!?


 小鈴ちゃんと同じように、山伏風の青年たちは一見人間にしか見えない。

 それよりも気になるのが、現在進行形で、何か盛大な誤解が生まれているような気がすることだ。


 私はよくよく現状に目を向けてみた。


 転んで四つん這いに近い格好の小鈴ちゃん。

 そこに駆け寄ろうとしたコン――ただし、現在はロウさんの姿をしていて、身長二メートルの大男だ。


――もしかしなくても、コンが小鈴ちゃんを襲っているように……今まさに誘拐しようとしているように見える……?


 サッーと私の血の気が引いた。


「お嬢に手出しはさせんっ!いくぞ、左助さすけ!」

「承知だ!右助ゆうすけ!」


 青年は錫杖の持ち方を変えると、それをコンに向かって素早く突き上げた。コンは慌てて身体をひねる。その顔の横を杖の先端がかすめた。

 後ろに下がろうとするコンをもう一人の青年が追随する。彼の持つ錫杖がピシャリとコンの脛を打った。痛みにコンは顔をしかめるが、転倒するのを堪えて相手と距離を取る。


「やめなさいっ!その方は敵ではないわっ!」


 小鈴ちゃんが叫ぶが、青年たちは頭に血が上っているのか、聞いちゃいなかった。


 また、錫杖から突きが繰り出される。狙うはコンの鳩尾だったが、コンはその杖の先を掴み取ると、そのまま青年を自分の方に引き寄せた。力はコンの方が強いようで、青年はたたらを踏む。

 だが、そこへもう一人の青年の一撃が見舞った。コンは顎を錫杖で強か叩かれ、ぐらりとその上半身が揺れる。その場で何とか踏みとどまるが、脳震盪を起こしてもおかしくない攻撃だった。


「ちっ。これで倒れないか」

「なんと、頑丈な……」


 青年たちが忌々しそうに言う。


――マズいっ!!


 この天狗の青年たちは明らかに戦いに慣れている。一対一ならコンにも勝機があるだろうが、このままでは彼らの連携にコンが翻弄されるだけだ。


――私のバカっ!どうして、呪符を持ってこなかったの!?


 まさか、街中で危機的状況になるなんて思いもせず、人喰い鬼の件とは違い、私は呪符の類を持ち歩いてはいなかった。あるのは、腰に吊り下げた瓢箪ひょうたんに入っている紙魚たちくらいだが……彼らも戦闘力は皆無である。

 これじゃあ、コンを助けられない。


――とにかく、このことをヒサメに知らせなきゃ!


 こんなときのために、コンにおコマさんののメジロをつけてもらっていた。その子に今の緊急事態を知らせてもらおう――そう思ったのだが、ここで私ははたと気付く。


――メジロがいないっ!?


 戦っているコンの傍にはもちろん、辺りを見回してもそれらしき小鳥の姿はなかった。

 もしかして、騒ぎに驚いて逃げてしまったのだろうか。そもそも、メジロがいついなくなったのかも、私は判然としなかった。


 いよいよ打つ手がなくなって、私は青年たちの方に駆け寄った。必死で彼らに訴える。


「誤解です!私たちは小鈴ちゃんに危害を加えたわけでは――」

「うるさいっ!女とて容赦せんぞっ!!」

「――っ!」


 近寄ろうとする私を、青年の一人が乱暴に突き飛ばした。やはり、こちらの話を聞く耳は持っていないようだ。

 私は己のふがいなさに下唇を噛む。

 すると、そのとき――


「いい加減にしなさいっ!!」


 小鈴ちゃんの大声が辺りに響き渡った。その小さな体のどこから出ているのか不思議なほどの声量だ。

 同時に、つむじ風が巻き起こる。


「うわっ!?」

「ぎゃっ!」


 突然生じた風の渦巻きは、天狗の青年たちを高々と上空に吹き上げた。そして、一寸後、真っ逆さまに落下する青年たち。

 不意を突かれた青年らは受け身が取れなかったのだろう。ゴンッという鈍い音とともに、背中から落ちてしまった。彼らは、痛みのあまり身もだえする。


「いっ、いきなり何するんですか!お嬢!」

「そうですよっ!俺らを吹き飛ばすなんてっ!!」


 なんとか復活した青年たちが、口々に小鈴ちゃんに抗議した。その会話で、あのつむじ風は小鈴ちゃんが引き起こしたのだと分かった。


「それはこちらの台詞よ」


 そこで青年たちは、やっと小鈴ちゃんの方をちゃんと見たようだった。

 彼らが見たのは、 怒りで顔を真っ赤にし、目を吊り上げている小鈴ちゃんだ。


「えっ…?」

「お、お嬢……?」


 先ほどまでの威勢はどこへやら。青年たちの声には、明らかに狼狽の色が含まれている。


「そこになおりなさい」


 そんな彼らに、小鈴ちゃんは静かに言い放った。





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