第57話 少女(壱)

 裏路地を走るのは、数人の男たちだ。彼らは焦ったように、互いに声を掛け合っている。


「いたか?」

「いいや、見つからない」

「探せっ!そう遠くにはいっていないはずだっ!!」


 どうやら何か探しているらしい。


「どうしたんだろう?」


 彼らを興味深げに眺めるコンに、私は「放っておこう」と言った。

 というのも、騒がしい輩の雰囲気がどう見ても堅気かたぎの人間と思えなかったからだ。おまけに人相も悪い。関わり合いになって、面倒に巻き込まれたくはない。


 足早にそこから立ち去ろうとしたところ、誰かが後ろから私にぶつかってきた。


「うわっ!」

「きゃっ!」


 私は前に転びそうになったが、なんとか踏ん張って留まる。後ろを振り返ると、コンと同じか少し年上の少女が尻もちをついていた。おそらく、私とぶつかった拍子に転倒してしまったのだろう。


「君、だいじょうぶ?」

「……はい。ぶつかってしまい、申し訳ございませぬ」


 心配するコンに、年齢にそぐわない大人びた調子で少女は謝罪の言葉を口にする。


 その少女は人形のように整った顔立ちをしていた。長いまつげと大きな双眸、黒く長い髪は毛先まで艶やかで、丁寧に手入れされている。

 また、彼女が身についている着物もとても質の良いものだった。花が描かれた翡翠色の羽織が美しい。


――しゃべり方といい、格好といい、下町の子じゃないな。大店か貴族のお嬢様かも…?


 そんな子供がフラフラと一人で歩いているなんて、おかしなことである。辺りを見回しても、付き添いらしき大人は見当たらなかった。

 私は少女に尋ねた。


「もしかして、迷子になったの?」

「いいえ。そういうわけじゃ……」


 どうにも少女の様子がおかしい。体調が悪いのか、言葉も途切れ途切れになっている。よく見れば、額にびっしりと汗が浮かんでいた。


「具合が悪いの?おうちはどこ?連れて行ってあげるよ」

「あの…」


 少女が何かを言いかけたとき、男たちの怒号が聞こえてきた。


「ちくしょうっ!いったい、どこに行きやがったんだ!?」

「しゃべっている暇があったら、探せっ!あの身体じゃ、そう遠くまでいけないはずだっ!」


 おそらく先ほど騒いでいた人相の悪いやからだろう。彼らの探し物はまだ見つかっていないらしい。


――いったい何を探しているのやら……って!?


 私は少女が青ざめ、カタカタと震えていることに気付いた。


「ちょっと、大丈夫?」

「……」


 少女は言葉も出ない様子だ。


――もしかしなくても、あの男たちが探しているのはこの子なんじゃ……?


 先ほど、関わり合いになって面倒に巻き込まれたくはない――と思ったばかりなのに、コレか。思わず、私は顔をしかめた。

 だからと言って、こんな風に恐怖で震えている少女を一人放り出すことはできない。


――あの男たち、少女この子の保護者にはとても見えない。もしかして、誘拐なんじゃ……とにかく、このままじゃダメだ。遅かれ早かれ、彼らに見つかる。けれども、こんな体調の悪そうな子を連れて逃げるのも難しいし……。


 そのとき、私は大通りから一本道を入ったところに、家と家で挟まれて袋小路になっているスペースを見つけた。

 ふと、私の中であるアイディアが思い浮かぶ。


「コン!ちょっとお願いがあるんだけれど」

「んん?」


 私の頼みごとに、コンは「うん!」と大きく頷いた。




「くそっ!どれだけ探してもいない!もう、ここらにいないんじゃないのか?」

「だが、そんなに遠くに行けるわけが……」

「でも現にいないじゃねぇかよ!どれだけ探したと思ってんだ!?」

「……分かった。なら、六条の通りまで行ってみるか」

「ああ!」


 例の男たちの声がすぐ近くで聞こえていた。

 私は四方を塀に囲まれた場所で、少女と共に息を潜める。


 ほどなくして、慌ただしく男たちが去って行く気配がした。彼らは私たちの存在に気付かず、通り過ぎて行くようだ。

 もうしばらくジッとしてから、私は目の前のに「大丈夫かな?」と声を掛けた。


「うん、だいじょうぶみたい」


 そこからコンの声が聞こえてきたかと思うと、みるみるうちに塀が縮んでいく。そうして、コンは少年の姿に戻った。


 種を明かせば簡単で、私と少女は家と家に囲まれ、ちょうど袋小路になっている場所に隠れていた。その唯一の入口部分を、周囲と同じような塀に化けたコンが塞ぎ、私たちを隠していてくれたのである。

 コンが目隠しになってくれたおかげで、問題の男たちがすぐ近くを何度通っても、私たちは見つからずにやり過ごすことができた。


「その子…アヤカシですのね?」


 少女が呟いた。まだ、体調は悪そうだが、もう恐怖で震えてはいない。


「うん。でも、怖がらないで。コンは良いアヤカシだからね」

「あっ、はい。ええっと……」


 少女は少し困ったように口ごもる。何かを迷っているようだ。

 その様子を見て、コンは少女のすぐ目の前まで来ると、にこりと笑いかけた。


「だいじょうぶだよ。ボクもハルも君のミカタだから。困っていることがあったら、言って」

「はい…」


 コンの優しい呼びかけに、少女の顔がホッと緩む。


「それで君はどうしてこんなところにいるの?ノラなの?シキガミなの?」

「えっ!?」


 コンの問いかけに対して、先に声を上げたのは少女ではなく私だった。

 だって、コンは少女に聞いた。野良ノラなのか、式神シキガミなのかと。

 それが意味するところは、つまり――?


「コン?もしかして、この子…」


 私が恐る恐る尋ねると、


「そうだよ、ハル。この子はアヤカシだよ」


 コンがきっぱりと断言した。



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