第53話 髪(弐)

 又六さんの店から四条の屋敷に戻ると、おコマさんが声を掛けてきた。


「ハルちゃん。帰って来て早々悪いけれど、頼まれてくれる?」

「なんでしょうか?」

「ついさっき、ヒサメ坊ちゃんから連絡があって、検非違使庁に届け物をして欲しいって」


 コマは片手に小鳥をのせながら言う。

 彼女は何十羽(もしかしたら、何百羽)の小鳥を使役している。小鳥を通じて、都中の噂を集めたり、情報の伝達をしたりするのだ。

 今も、ヒサメからの伝言を小鳥が持ってきたのだろう。


 以前、ヒサメから届け物を頼まれたときは、言付かったお使いの者が荷を持って引き返せば良いのにと思っていたが……


――お使いが小鳥じゃ、荷物は運べっこないよねぇ。


 色々と納得した次第である。


「分かりました。行ってきますね」


 コンやロウさんは、ヒサメに付き添っているから、私一人でのお使いとなる。

 私はおコマさんから荷物を受け取って、また屋敷を出て行った。



 一条二坊にある巨大な建物――検非違使庁。

 その五棟のうちの一棟に、妖犯罪対策部はある。


 純和風な外観とは裏腹の、和洋折衷の擬洋風な室内に入ると、まず私は受付に寄った。そこで、ヒサメの使いであることを告げる。

 すでに話は通っていたみたいで、受付の人に二階の第一課に向かうよう言われた。第一課の部屋は、以前訪れた資料室の手前にあるようだ。


 階段を上り、赤い絨毯が敷かれた廊下を通る。一度、訪問した経験もあったため、迷うことはなかった。

 第一課の部屋は結構広いようで、出入り口が二つあり、私はそのうちの手前の方の扉をノックする。と、すぐに応答があった。


「はぁい!ちょっと、待ってやぁ」


 独特なイントネーションのある声が聞こえてきて、顔を見ずとも、声で誰か分かった。千景ちかげさんである。


「ハルちゃん。待っとたで」


 扉が開くと、予想通り千景さんがいた。気のせいか、どこかホッとしたような表情をしている。

 千景さんはそそくさと、後ろ手で扉を閉めた。


「これ、ヒサメ様に」

「あ、うん。聞いとるよ。ごめんなぁ。今、ヒサメさん。急な会議入って席外してんねん」

「そうなんですか」

「荷物は俺が受け取っておくわ」

「それでは、よろしくお願いします」


 千景さんにお使いの荷物を手渡すと、バツが悪そうに彼は笑う。


「本当は、部屋の中に入ってお茶でも飲んでいって欲しいんやけど……。今、ちょっと立て込んどって……」

「また、何か事件があったんですか?」

「いや、いや。人喰い鬼の件以降、大きなやつはないよ。ってか、ハルちゃん。あの事件でえらい目におうてんやってな。その髪も…可哀想に……」


 私の頬被ほっかむりを見て、千景さんは同情的な視線を送ってくる。およしさんや又六さんもそうだった。女が髪を切られるというのは、一般的には余程可哀想なことに当たるらしい。


かつらとか買わんの?」

「う~ん。そう安くもない買い物ですし、髪はいずれ伸びます。あと、私はそれ程気にしていなくて――」


 そう言いかけたとき、急に私たちの背後で扉が開いた。第一課の部屋から出てきたのは、三人の女性である。


 年頃は私と同じくらい。

 身に着けている着物や装飾品で庶民ではないことが分かる。もしかしたら、貴族のご令嬢かもしれない。


「西園寺家の徳子さまと、そのお仲間や」


 ボソリと千景さんが耳打ちをする。

 西園寺徳子。はて、どこかで聞いた覚えがあるような……と、振り返ったところで私は思い出した。


――この人、自作自演の人だ!


 夏頃、ヒサメがアヤカシに脅かされているという貴族の屋敷の護衛をしたのだが、それが西園寺家だった。そして、蓋を開けてみれば、そのアヤカシは西園寺家の娘である徳子の自作自演であった。

 徳子はヒサメに惚れていて、彼に会いたいがために術師を雇って、西園寺家がアヤカシに狙われているように装ったのである。


――それに、この人…。私を殺そうとしてきたんだよなぁ。


 徳子は私がヒサメと親しくしていると勘違いし(ヒサメ自身がそう仕向けたのだが…)、私にアヤカシをけしかけてきた前科があった。

 西園寺徳子イコールヤバいご令嬢……というのは、私の記憶に深くインプットされている。


 お近づきにはなりたくなくて、私は思わず一歩後ずさった。


――それにしても、どうして西園寺徳子が検非違使庁ここに?もしかしなくても、ヒサメに会いに……?


 その予想は当たったようで、徳子は開口一番こう言った。


「四条様はまだかしら?」

「ええ。まだ、みたいです。もう少し、部屋の中でお待ちしてもらえますか?」


 徳子に対して、千景さんは丁寧に話す。その横で、私はサッと俯いた。また、徳子に狙われるのは嫌だと思い、顔を隠そうと試みる。

 だが、それよりも早く徳子が私に気付いたようだ。


「あら。あなた……」


 徳子の遠慮のない視線が私に注がれるのを感じる。


「この方、徳子様のお知合いですか?」

「まさか。どこからどうみても、下働きの者でしょう。徳子様のお知合いなんて……」


 友人らしき二人の女性が、興味深げに徳子に尋ねた。


「ええ、知っているわ。四条様の召使いよね?」


――げっ。バレてる……。


「……はい」


 仕方なく私は認め、深々と頭を下げた。


「えっ、この女が四条様の?」

「ふぅん」


 おそらくは、あまり好意的ではない眼差しがお嬢様方からこちらに向けられる。

 ……と、徳子は私の頬被ほっかむりに着目したようだ。


「どうして、そんなもの被っているの?」


 言うなり、徳子が私の頬被ほっかむりを引き剥がした。同時に、短い髪があらわになる。

 一瞬、その場が静まり返り……


「なぁに、それっ!みっともなぁい!」


 徳子の甲高い笑い声が廊下に響いた。

 それにつられたのか、クスクスと他二人のご令嬢も笑い出す。


「本当に。なんて見苦しい髪なの」

「私なら恥ずかしくて、外を出歩けないわ」


 まったく、言いたい放題である。

 さらに、追い打ちをかけるように、徳子は私から奪った頬被ほっかむりの手拭いから手を放すと、床に落ちたそれを自らの足で踏んでしまった。


「ちょっ……いくらなんでもっ――」

「申し訳ございませんがっ!!」


 徳子たちに対して何か言いかけた千景さんの言葉を遮り、私は声を張った。

 その大きな声に、その場の皆がギョッとする。


「な、なによ…」


 少し腰が引けている徳子に、私はにっこりと笑みを作る。


「申し訳ございませんが、手拭いを拾ってもよろしいでしょうか?」

「す、好きにしなさいよ」

「ありがとうございます」

 私は今一度、深々とお辞儀をした。

 こちらの反応に、徳子たちは虚を突かれたようだった。もしかしたら、私が泣いたり怒ったり、はたまた悔しがったりするのを期待していたのかもしれない。


 私は手早く落ちた手拭いを拾い上げると、それを懐にしまう。

 ヒサメへのお使いも済ませたし、長居は無用だ。早々にこの場を離れようと考えた。それで、ふと廊下の端の方に目をやったのだが……


「あっ」


 そこにヒサメが佇んでいた。

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