第46話 仇討ち(弐)

 手早く身支度を整えて、ヒサメとロウさんは出掛けて行った。

 検非違使庁に赴き、そのまま人喰い鬼の討伐に向かうらしい。もしかしたら数日は戻らないかも――と言っていた。


 その間、コンは蔵に監禁の身だ。

 コンが閉じ込められている蔵は母屋に隣接していて、もちろん冷蔵庫として使っているものとは別の建物である。

 私はどうしてもコンのことが気になって、そちらの方をチラチラと伺ってしまった。料理中もそんな風だったので、危うく包丁で自分の手を切りそうになった。


「はぁ」

「コンちゃんのことが気になるのね」


 溜息を吐いていると、おコマさんが話しかけてきた。


「ええ。きっと、しょげていると思うんです」

「そうねぇ。今晩はコンちゃんの好物を作ってあげて、蔵に持って行ってあげたら?もちろん、コンちゃんを外に出すのは駄目だけれど」

「そうですね。好きなものを食べたら、少しは気も晴れるかも」


――そうだ。コンの好物……うん、キツネうどんでも作ろうかな。


 そんなことを考えていたとき、



 ドォォオオン!!



 地響きのような大きな音が辺りに響き渡った。


「えっ!いったい、なに!?」

「ちょっと、待って!さっきの音……」


 サッとおコマさんの顔色が変わる。


「コンちゃんの蔵の方から聞こえてこなかった?」


 私とおコマさんは顔を見合わせ、すぐに蔵の方へ走った。




 赤い夕陽に照らされていたのは、壁に大穴が開いた蔵だった。

 ポロポロと土の壁が崩れ、その向こうに蔵の内側が見える。そこにコンの姿はなかった。


「これ…もしかしなくても、コンが……」


 そのとき、二羽の小鳥が空から舞い降りてきた。その鳥たちは導かれるように、おコマさんの肩に止まる。

 チチチチチッ――小鳥がさえずる。まるで、おコマさんに話しかけているようだった。


「……そう。分かったわ。このことをヒサメ坊ちゃんへ伝えて」


 おコマさんがそう指示すると、鳥たちはまた空へ飛び立っていった。


「やはり、この穴を開けたのはコンちゃんね。そこから逃げ出したらしいわ」

「もしかして、おコマさん。鳥たちと意思疎通ができるんですか?」


 先ほどの鳥たちとのやり取りを見たら、そうとしか思えない。

 私が疑問を口にすると、おコマさんはあっさりと認めた。


「ええ。その通りよ。小鳥たちは私の。彼らを通じて、私は都の色んな噂を知ることができるわ」


 以前からおコマさんは、この屋敷の庭で鳥に餌付けをしていたが、単なる趣味だと私は考えていた。

 けれども、それは間違い。おコマさんは小鳥たちを通じて、情報収集をしていたわけである。彼女が都の噂話に詳しいのには、そういうカラクリがあったのだ。


「他にも、坊ちゃんへの伝言も頼んだり…色々と。今回は、あの子たちにコンちゃんのことを見張ってもらっていたの。あの穴はね。コンちゃんが大猪に化けて、突進で開けたらしいわ。その後、またとんびに姿を変えて、飛び去ってしまったんだって」

「コンの行方は追えているんですか?」


 私の問いに、おコマさんはかぶりを振る。


とんびは速いから。とてもじゃないけれど、小鳥では追いつけないわ」

「そんな…」

「さっき、このことをヒサメ坊ちゃんに連絡するよう小鳥たちに頼んだの。大丈夫。坊ちゃんがちゃんと対処してくれるわよ。だから、そんな悲壮な顔をしないで?」

「悲壮…な顔、しています?」

「今にも死にそうな顔をしているわ」


 そんなに酷いのか、と私は自らの顔に手で触れる。


 どう考えても、コンの行先は母親の仇がいるかもしれない場所――摂州と泉州間の関所近くにある栂宿とがのしゅくだ。

 その町で問題になっている人喰い鬼は相当手ごわいらしい。

 そんな相手に立ち向かって、コンは大丈夫なのか。私は心配で心配で、気が気ではなかった。


 もちろん、ジッとしていられるわけもない。


「おコマさん。私――」

「コンちゃんを追いたい…でしょう?」


 私の考えることなんて、おコマさんにはお見通しだったようだ。彼女は私をなだめるように言った。


「あなたの気持ちは分かるわ。でも、今から追いかけるのは無謀と言うものよ。もうすぐ夜だもの」


 確かに、陽は西の彼方に沈みかけている。


「夜はアヤカシたちの時間よ。そんな時間に栂宿とがのしゅくまで行くつもりなの?」


 ここから栂宿とがのしゅくまでは、七里弱ある。大人の足で歩いても、五時間以上かかるだろう。今から出立すれば、夜道をそれだけ長時間歩かなければならない。

 道中危険なのは、アヤカシだけではない。強盗に遭う可能性だってあるはずだ。

 おコマさんの言う通り、今からコンを追いかけるのは無謀だった。


「それにね。それなりの準備が必要でしょう。私たちは人喰い鬼のいる場所へ行くのよ」

?ということは、おコマさんも一緒に来てくれるんですか?」

「もちろんよ。コンちゃんの力が想像以上だったとはいえ、ヒサメ坊ちゃんに見張るよう命じられたのに、それを果たせなかったのは私だもの。責任は果たさなくちゃ」

「……ありがとうございます」


 正直言って、おコマさんが共に来てくれることはとても心強かった。

 私だって、人を食べるような鬼の元へ向かうのは怖い。コンのことがなかったら、絶対に行きたくないと思うほどに。



 こうして、私とおコマさんはコンを追い、明朝屋敷を発つことになった。


 私は明日の準備をしながら、祈る。

 どうか、コンが無事でありますように――と。



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