第47話 仇討ち(参)

「これを持っていて」


 おコマさんから手渡されたのは、白木でできただった。

 細長く、長さは二十センチくらい。真ん中位に一本線が入っている。


 その両端を持って引くと、白木は二つに割れ、銀色に輝く刃が見えた。小刀だ。

 鋭く美しい刀身が、白木の鞘に収まっていたのだった。

 小刀の小柄こづかにも鞘にも特に装飾はない。けれども、そのシンプルさが一層、刀の美しさを引き立てていた。


「龍の炎で精錬されたと言う鋼。それを用いて、刀匠が鍛え上げ作った小刀よ」


 よく分からないが、何だか凄いもののようだ。それだけは私にも分かった。


「この小刀には、ヒサメ坊ちゃんの神力が込められているの。きっと、ハルちゃんの身を守ってくれるわ」


 私には神力とやらも妖力とやらもない。つまり、アヤカシと戦う術を持たない身だ。

 これから向かうのは、人喰い鬼が出没するという宿場町、栂宿とがのしゅく。身を守る手段は多い方が良い。


「ありがたくお借りします」


 私はおコマさんから小刀を受け取って、それを懐にしまった。


「準備はいいかしら?」


 おコマさんに尋ねられ、私は頷く。

 一応、今さっき、おコマさんから受け取った小刀以外にも私自身で準備はしていた。具体的には、呪符と紙魚しみたちである。


 神力のない私が呪符を使っても、ヒサメのようにはいかないが、ソレにこめられた基礎的な力くらいは引き出すことができる。何もないよりは、マシだろう。

 今持っている呪符は私自ら作製したものだが、材料費はヒサメ持ちだ。勝手に使った分は後から支払い……足りなければ借金するしかない――が、背に腹は代えられない。


 また、紙魚たちは妖力に敏感なようだし、何かの助けになってくれるかもしれない。それで私は、彼らの棲み処となっている瓢箪ひょうたんを腰に下げていた。


 一応、でき得る限りの準備はしたと思う。

 こうして、私とおコマさんは四条の屋敷を発った。




 季節はすっかり秋で、過ごしやすい季節になった。

 涼しい風が道を抜けていく。

 そんな中を、私は額に汗を浮かべながら早足で歩いていた。


 たぶん、コンのことで気持ちが急いているのだと思う。想定よりも早いペースで私たちは栂宿とがのしゅくまでの道のりを進んでいた。

 おコマさんに「そんなに急いだら、身体が持たないわよ」と注意されるのは何度目か。ペース配分を意識するも、うかうかするとすぐに私は早足になってしまっていた。


 コンが今どうしているのか、無事なのか――気持ちがはやる。

 道中、ヒサメへの伝達を請け負っていた小鳥がおコマさんの元へ帰ってきて、ヒサメやロウさんたちの現状を知らせてくれた。


「ヒサメ坊ちゃんたちは、すでに栂宿とがのしゅくに到着し、人喰い鬼の探索に向かっているそうよ。ただ、コンちゃんの姿は見ていないとか…」

「そうですか……」

「私たちが栂宿とがのしゅくに着いたら、そこで待機していろ……とのことよ」


 待機していろ――弱い私が鬼のいる場所でウロチョロするのが迷惑だというヒサメの考えが透けて見える。

 だが、それに私は反論できそうにもなかった。事実、私は弱いのだから。


 一方で、ジッとしているだけじゃ、何のためにこうして栂宿とがのしゅくまで足を運んでいるのか分からないとも思う。

 そんな私の内心を読み取ったように、おコマさんが言った。


栂宿とがのしゅくに滞在していても、できることはあるわ。例えば、コンちゃんについて町の人に聞くとか。自分にできることをしましょう?」

「……はい」




 お昼を少し過ぎた時間帯、私たちは目的地にたどり着いた。

 まだ刈り終わっていない稲穂がそよぐ田園風景。その先にあるのが栂宿とがのしゅく――石畳が敷かれた坂に沿った形に築かれた町だ。

 道のわきの溝を流れる水は透き通っていて美しく、その水の力を借りて水車がくるくる回っている。


 町には旅人が休むための旅籠はたごが数件あり、飯屋や商店もある。平素は旅人で賑わっているのだろうが、人喰い鬼の件を受けてか、今は人通りが少なく、ひっそりとしていた。


 早々に今宵の宿を決めると、おコマさんはそこに残ってまたヒサメに連絡をとると言う。その間、私は栂宿とがのしゅくの人たちにコンのことを聞いて回ることにした。


「分かったわ。でも、ハルちゃん。くれぐれも気を付けて。何かあったら、この子を通して連絡して」


 おコマさんがそう言うと、一羽の小鳥が飛んで来て、私の肩に止まった。何の種類かは分からないが、キョキョと小さくさえずる。


「分かりました」


 そして、私は旅籠を出て、コンの聞き取り調査に向かった。




 栂宿とがのしゅくの町の人にコンのことを聞いて回る――それが予想以上に困難であることを、実際にやってみて私は思い知った。

 困難の原因はコンの特性だ。あの子は変化の術で、自分の姿を思い通りに変えられる。


「柔らかそうな狐色の髪に紺色の瞳をした、五、六歳の少年を知りませんか?」


 そう聞いてみて、ハッとしたのだ。あの子は栂宿ここを訪れたかもしれないが、その姿が人間のものとは限らない。本来の狐の姿かもしれないし、四条の屋敷を発ったときはとんびだったらしいから、その可能性もある。


 とはいうものの、そんな可能性を言えばキリがないわけで……結局、私はコンというについてあちこち聞いて回るしかなかった。

 その結果は、見事に空振りである。


――コンはこの町に来ていない?もしくは、人間ではない姿で訪れていた?


 私は道端に腰を下ろし、頭を抱えた。

 今、こうしている間にもコンが危ない目に遭っているかもしれない……そう思うと、心臓がキュッと縮む。


「何でもいいから――っ、コンの手掛かりがあれば……」


 私がそう言ってすぐ、カタカタと物音がした。びっくりして見ると、腰に下げた瓢箪ひょうたんがわずかに揺れている。紙魚しみを入れた瓢箪だった。


「えっ?どうかしたの?」


 紙魚たちには何か言いたいことがあるのか、カタカタという音は鳴りやまない。それどころか、さらに騒がしくなるばかりだ。

 訳も分からないまま、私は瓢箪の栓を開けた。途端に、二十匹以上の銀の魚たちが空中に躍り出る。


「どうしたの?」


 紙魚たちの顔を伺うが、相変わらずの無表情で、その意図は全く読み取れない。

 ヒサメに無理やり契約させられたとは言え、せっかく私の式神になってくれたのだからと毎日お世話をしているが、私にはイマイチ彼らの気持ちが分からなかった。


――文字ごはんをあげるときとかは、くるくる宙を泳ぎ回るから、何となく嬉しいんだというのは分かるんだけれど……それ以外は無理だなぁ。


 情けない契約者だと思いつつ、私は紙魚しみたちの動向を見守る……と、彼らはおもむろに空中を泳ぎ始めた。

 いったい、どこへ行くのかと思えば、皆して一度私の方を振り返る。幾つもの無機質な魚の目が、ジッとこちらを見てきた。


「付いてこいってこと?」


 紙魚たちがまた進み始める。私は彼らに導かれるように、その後に従った。




 どんどん紙魚たちは泳いでいき、とうとう栂宿とがのしゅくの外れまで来てしまった。人通りはまるでなく、これ以上進めば、町の外へ出てしまうような場所だ。


「ねぇ。町の外は危ないから」


 そう紙魚たちに呼びかけるが、私の声など聞こえていないようで、魚たちは止まらない。これは文字ごはんで釣って、言うことを聞かせるしかないか?そんなことを考え始めた時、不意に紙魚たちの動きが止まった。


 そこは町から少し出た場所だった。旅人が使う街道ではなく、地元の人たちが使うような細い道に面している。おそらく、周囲の水田に続いているのだろう。

 その道脇、山から続く斜面になっているところに比較的大きな岩があった。何が気になるのか、紙魚たちはそこに集まっている。


……と、紙魚たちはその岩の表面をついばんでいるようだった。


「何を食べているの?」


 私が岩の方を覗くと、見たこともないような文字が描かれていて、紙魚たちはソレを必死に食べている。紙魚が率先して食べるからには、おそらくこの文字には神気が宿っているのだろうけれど……。


「ソレ、勝手に食べても良いものなの?」


 声を掛けるが、紙魚たちは食べることを一向に止めない。そして、どうしたら良いか私が右往左往しているうちに、紙魚たちは岩に書かれた文字を全て食べきってしまった。


 そのときだ。周囲に変化があったのは――。


「えっ…?」


 私は唖然とする。

 突如、岩の先に道が現れたのだ。


 それは、人間が作ったきちんとした道ではなく、獣が通った後のような道だった。ただ、道は道だ。そこだけ草が生えておらず、地面がむき出しになっている。ソレがずっと山の方まで続いていた。


――こんなの、さっきまでなかった……よね?


 幻でも見ているのかと思い、目をこすってみたが、道はやはり存在する。

 困惑しながら、獣道をよくよく観察したとき、私はに気付いた。

 明らかに、獣とは異なる人に似た足跡――しかし、そのサイズは尋常ではなく大きい。


――まさか……人喰い鬼の……っ!?


 ゴクリと私は唾を飲み込んだ。



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