第45話 仇討ち(壱)

 今日のおやつは秋の味覚、里芋。

 蒸しあがったばかりの熱々を、皮をむきつつ食べた。ねっとりと濃い芋の味が口の中いっぱいに広がる。塩でも良いが、味噌をちょっとつけても美味しい。


 四条の屋敷の皆でそれを食べていたところ、訪問客があった。

 千景さんだ。

 彼は里芋を手にしているヒサメを見て声を上げる。


「ヒサメさん、大変なことが起きました!芋なんか食べてる場合とちゃいます!」

「芋くらい食べていても良いだろう。俺は非番だぞ」

「だから、緊急事態なんですって!」

「また、緊急事態か」


 やれやれとヒサメは肩をすくめた。


 とても慌てている様子の千景さんだったが、お茶と共に、ふかした里芋も出すと、彼はそっとソレに手を伸ばす。「うまぁ」という感嘆の声が聞こえてきたところで、ヒサメが尋ねた。


「それで?その緊急事態とやらは?」


 もぐもぐ、ごっくんと芋を飲み込んで、千景さんが答える。


「実は人喰い鬼が出たんです」

「……どこでだ?」

「摂州と泉州間の関所近くにある宿場町――栂宿とがのしゅくです」


 摂州というのは、この大和宮ヤマトノミヤがある地域のこと。その南側に泉州がある。


「被害は?」

「少なくとも十人以上」

「敵の数は?」

「報告されているのは一匹やけれど、かなり手ごわいみたいで。少なくとも、関所を守る武士もののふでは相手にならなかったようです。それで検非違使の方に討伐依頼が……」

「なるほど」

「噂じゃ、星熊童子の一派やないかって――」

「千景っ!!」


 急にヒサメが大声を出すものだから、皆が驚いた。

 当の千景さんも「えっ?どうしたんですか?」と目を丸くしている。


「……いや。とにかく、鬼の討伐依頼だろう?後の話は検非違使庁でする。支度が終り次第、そちらに行くから」

「わ、分かりました」


 千景さんは完全に納得していないようだったが、ヒサメの言葉を聞いて屋敷を出て行った。

 一方、ヒサメは遠出の支度を始める。おコマさんにアレコレ用事を言い、ロウさんには一緒に付き添うよう指示していた。


 どうやら、今回のお供はロウさんだけのようだ。コンは付き添いを命じられていない。

 鬼の討伐なんて危ないものに、コンが付き合わされずに済んで良かったと私は思った。


 ところが……


「ボクも行く」


 コンはヒサメを見上げ、キッパリとした声で言った。


「ダメだ」

「どうして?」

「お前が暴走する可能性があるからだ」

「ぼうそうなんて、しないもん!」

「いいや、する。今もかなり感情的になっている」

「なってないっ!!」


 声を荒げるコンは、どうにも様子がおかしかった。彼はまだ子供だが、基本的には聞き分けの良い子だ。こんな風に駄々をこねるのはない。

 とりあえず、私はコンを落ち着かせようとした。


「コン、どうしたの?様子がおかしいよ」

「おかしくないもん!」

「ヒサメ様はコンのお師匠様でもあるんだから。ちゃんと言うことを聞かないと」

「でもっ、でもっ、星熊童子がっ」

「えっ?」


 その名前は……確か、千景さんが口にしていたような?いったい、何の名前だろうか。

 その疑問に答えてくれたのは、ヒサメだった。


「星熊童子――元は丹州生まれの鬼だと言われている。今じゃ、朝敵として危険視されている要注意のアヤカシだ」


 朝敵とは、言葉の通り朝廷の敵だ。要は、今の政権と対立する者のことである。

 なんだか、話が大事になってきたぞ……と驚いていると、ヒサメはさらに衝撃的な言葉を口にした。


「そして、霊山――神白子山の今の主。いわゆる、山神だ」

「……えっ」


 神白子の山神……私はその生贄にされそうになって、故郷を捨てることになった。その正体が、星熊童子という鬼……?


――ちょっと、待って。山神ってコンの……。


 私はコンの方を見た。

 彼はギュッと拳を握りしめ、何かを堪えるかのように歯を食いしばっていた。


 ヒサメは話を続ける。


「コン。確か、お前の母親は神白子の山神に殺されたんだったな?」


――やっぱり……。星熊童子はコンの母親の仇なんだ!


 これで、どうしてコンが今回の人喰い鬼の件に首を突っ込みたがるのか、理由が分かった。

 問題の鬼は星熊童子の一派の可能性があると、千景さんは言っていた。コンにとっては、憎い母親の仇。彼は自らの手で仇討ちをしたいのだ。


 コンはいつになく反抗的な目つきで、ヒサメを見上げていた。


「ボクがご主人さまの下でシュギョーしているのは、おかあさんのカタキをうつためだもん」

「そうだな」

「――ならっ!どうして、ボクを連れて行ってくれないの!?」

「足手まといだからだ」

「っ!!」

 

 ヒサメの容赦ない一言に、コンは顔に怒りをにじませる。


「今のお前に鬼の相手はまだ早い。さらに、そう頭に血が上っているような状態じゃ、俺の足を引っ張るのは目に見えている」

「そんなことないっ!ボク、強くなったもん!!」

「いいや。まだ、力不足だ」

「行くもん!ご主人さまが反対したって、ボクは星熊童子アイツのところに行くからっ!!」


 はぁ……と、ヒサメが溜息を吐いた。

 同時にぺらりと、呪符が舞う。それがコンの身体に貼り付いたかと思うと……


「!?」


 コンの身体が硬直した。

 彼は驚愕の目でヒサメを見るが、何も言わない。いや、何も言えない様子だった。


「ヒサメ様!?コンに何を――」

「うるさい、騒ぐな。しばらく、身体の自由を奪っただけだ。身体に害はない。お前だって、身をもって知っているだろう?」


 その言葉で、私は思い出す。

 数か月前、ヒサメがコンをさらっていったとき、私はこの男に金縛り状態にされたのだ。つまり、あの時の私と、コンは同じ状態というわけか。


――確かに、身体に害はないかもしれないけれど。


 私はコンを見る。

 コンの悔しそうな…悲しそうな…目。


「ロウ。今のうちに、こいつを空いている蔵に閉じ込めろ。脱走できないようにしておけよ」

「……分かりました」


 ロウさんはコンに憐れみの視線を送ると、そのまま彼を抱きかかえ、部屋を出て行った。私はそれをただ、眺めて見送る。


 コンを不憫に思う気持ちはあるし、ヒサメの仕打ちは冷たいようにも思える。しかし、コンの安全を確保するために、ヒサメの判断は実に合理的だったとも私は考えた。


「コマ。俺とロウが戻ってくるまで、アイツのことを見張っていろ」

「分かりました。ヒサメ坊ちゃん」

「あと、ハル」


 ヒサメは厳しい眼差しを私に向けた。


「アイツの命が惜しいなら、くれぐれも蔵から出すな。いいな?」

「はい…」


 その命令に、私は頷くしかなかった。



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