第39話 呪い(肆)

 私たちの身の安全は、ヒサメが張った結界により守られていたが、いつまでもその中で閉じこもっているわけにもいかない。

 ヒサメは妙龍に最終確認をする。


「お前はあのガキのアヤカシに心当たりはない。だから、始末してしまってもいいわけだな?」

「あっ……ああ!」

「分かった。じゃあ、手早く済ませようか」


 間もなく、ヒサメはあの女児のアヤカシに攻撃を仕掛けるだろう。

 彼の強さは、以前蜘蛛のアヤカシを退治したときに目にしている。瞬時に相手を氷漬けにして、その動きを封じていた。

 きっと、あの女の子も同じような目にあってしまう。


――本当にこれでいいのかな?


 私は妙な胸騒ぎを感じていた。

 今回のアヤカシが女児の姿をしているからだろうか。このままヒサメがあの子を退治してしまうことに、不安を覚える。


――何か見逃しているような…?


 そうこうしているうちに、ヒサメは新たな呪符を取り出した。彼の周囲に、小さなくさび型の氷が形成され始める。その数は――ちょっと、数えきれない。


 ゆらゆらと宙に浮く無数の氷塊。それらが空中でくるりと方向転換し、尖った先端が女児の方に向いた。

 瞬間、氷が一斉に発射された。


 ヒュンヒュンと風を切り飛んで行く氷の楔は、女の子がこちらに向けて放った石やら家財道具やらとぶつかり合う。

 それらは衝突の際に、互いの力が打ち消し合って相殺されるが、女の子よりもヒサメの手数の方が多かった。

 対処できなかった氷の楔が女の子に襲いかかる。氷が女の子の着物の袖をかすめ、そこが凍り付いた。


――あの桃色の…縞模様の着物、どこかで……?


 ここでようやく、私はハッとする。


 私は棚の上の位牌を振り返った。結界内に入っていたおかげで、二つの位牌は奇跡的に無事である。

 そして、妙龍に声を掛けた。


「お守りを!」

「へ?」

「あなたのお守りを見せてください!」

「なっ…どうして今?」

「なんでもいいから早くっ!!」


 妙龍は訳が分からないという顔をしていたが、私の剣幕に負けて、おずおずと懐からお守りを出す。

 古ぼけていて、もはやその模様もよく分からないお守り。けれども、ソレに私は見覚えがあった。

 あの女児の着物だ。妙龍のお守りは、女の子の着物と同じ反物で作られたようだった。


 私はヒサメに向かって叫ぶ。


「ヒサメ様っ!今すぐ、攻撃を止めてくださいっ!!」

「はぁ?何を言っているんだ?とち狂ったか?」


 チラリとこちらを見るヒサメは、眉をひそめている。


「あの女の子は、妙龍さんの亡くなった妹さんです!」

「……何だと?」


 すぐにヒサメは、女の子への攻撃を止めた。氷の楔が空中でピタリと停止する。


「妙龍さん!妹さんの名前は?」

「た、たえだが……」

「お妙ちゃん!」


 さらに声を張り上げて、私は叫んだ。


「お妙ちゃん!戦うのは止めて!話し合いましょう!!」


 『妙』という言葉に反応したのか、女の子は大きく目を見開き、動きを止める。

 それから、こう言った。


「おねえちゃん。たえのこと、わかるの?」



 推測通り、女の子は妙龍の亡くなった妹だった。

 名前はたえ


 彼女の身に着けている着物は、生前母親が繕ってくれたもので、その端切れで作ったのが妙龍が大事にしているお守りだった。



 今や、お妙ちゃんにこちらを攻撃する意思はない。

 私たちの前にちょこんと座り、話し合いに臨んでくれている。


 ポツリポツリとお妙ちゃんが語ったのは、彼女の死後のこと。

 兄が好きだったお妙ちゃんは、死んだ後も霊になって現世にとどまり、妙龍のことを見守っていたらしい。最初はただ見ているしかできなかったが、いつの間にか不思議な力を持つようになった。


 例えば、先ほど私たちに披露していた念動力もその一つ。

 意思の力だけで、物体を自在に動かせるそうだ。


「神力も妖力もないオッサンが祈祷師として活躍していたのは、もしかしなくてもお前の力なんじゃないか?」


 ヒサメが尋ねると、コクンと女の子は頷いた。


「おにぃはこまっている人を助けたくて、いっしょうけんめいだった。だから、アタシもそんなおにぃの力になりたかったの」


 力のない妙龍の代わりに、お妙ちゃんが呪いや悪霊などを祓っていたということか。

 私はなるほどと思いつつ、妙龍にお妙ちゃんの言葉を伝える。彼には彼女の姿は見えないし、声も聞こえないから、誰かが教えてやる必要があった。


「随分と兄貴想いなことだ。そんなお前が、どうして妙龍を害するようなことを?」

「おにぃがかわっちゃたから…」



 お妙ちゃんは言う。


 昔の妙龍は優しかった。自分も貧乏で余裕がないのに、困っている人たちのために奔走ほんそうした。

 だから、お妙ちゃんは兄の力になろうと思った。兄のために力を使った。


 そうして、呪いや悪霊など――厄介ごとを解決していくうちに、周囲の人々は妙龍を祈祷師として敬うようになった。お妙ちゃんの存在を知らない妙龍自身も、自分には魔を祓う不思議な力があるのだと勘違いした。


 次第に、妙龍はおごり高ぶっていく。

 自分の力を過信するあまり、思い込みで「呪われている」「悪霊に憑かれている」などと言いはり、他人からお金をせしめるようになった。その行為はどんどんエスカレートし、もはや詐欺同然になる。


 そこにかつての優しい兄の姿はなかった。



「おにぃを止めなくちゃって思ったの」

「なるほど。あの怪異はオッサンへの警告だったのか」


 ラップ音や物の配置が変わっている――などの怪異を妙龍が恐れ、自分の誤ちに気付き、改心してくれることをお妙ちゃんは望んだ。

 だが、悲しきかな。現実は、そう簡単にはいかなかった。

 妙龍は反省もせず、まだ詐欺行為を続けていたし、さらにはそれを指摘したお祓い屋(ヒサメのことだ)を逆恨みして、嫌がらせまでするようになった。


 それで仕方なく、お妙ちゃんももっと過激な怪異を演出するようになったのだ。


「オッサンへの警告は分かったが、俺たちにまで攻撃を仕掛けてきたのは何故だ?ありゃ、普通の人間なら怪我じゃすまないぞ」

「だって、おにいちゃんはアタシを退治しにきたんでしょう?おにいちゃんが強いのはわかってたから」

「……」


 お妙ちゃんが私たちを攻撃したのは、そうしないと自分が消される、殺される――そういう身の危険を感じてのことらしい。

 ヒサメは少し顔を歪めて、頭を掻いた。


「それもそうだな。話し合いもせず、お前を退治しようとしたのは俺だ。すまなかった」


 お妙ちゃんに頭を下げるヒサメを見て、私は内心驚いた。この人、ちゃんと謝れるんだ……と。



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