第38話 呪い(参)

 妙龍は、独り暮らしにしては立派な一軒家に住んでいた。賃貸物件らしいが、前に私とコンが住んでいた裏長屋とは違って、賃料も高そうだ。

 身に着けているものから羽振り良さそうだと思っていたが、想像以上に稼いでいるのかもしれない。


――まぁ、それが詐欺で儲けたお金だから感心はできないけれど…。


 私、コン、ヒサメに妙龍の四人は、玄関から家の中に入る。そこには、妙にひんやりとした空気が漂っていた。

 夏の終わりとは言え、昼間はまだ暑い。この涼しさは少し異様なことのように思える。


 そのとき、突然カタカタと物音がした。

 シンと静まり返っていた部屋の中で、それはやけに大きく響く。「ひぃっ」と妙龍が悲鳴を上げた。


 物音は私の腰に下げた瓢箪ひょうたんからしている。紙魚しみを入れている、あの瓢箪ひょうたんだ。


――紙魚たちが反応している…?


 隣を見ると、コンが不安そうに辺りを見回している。


「ご主人さま……」

「ああ、な」


 いったいがいるのか私には分からないが、ヒサメやアヤカシたちは何かしらの気配を感じとっているようだ。


 ヒサメは妙龍に確かめる。


「これから家の中を見回るぞ。いいな?」

「わ、わかった」


 青い顔で妙龍は首を縦に振り、私たちは一部屋ずつ家の中をあらためていった。


 玄関から土間へ行き、茶の間、客間……。

 奥の間に入ったとき、私はふと気になるものを目にした。棚の上に大切そうに置かれているもの――それは二つの位牌である。

 私の視線に気づいたのか、妙龍はぼそりと言った。


「お袋と妹のものだ。母親は数年前、妹はもう二十年近く前になるか……」

「そうですか…」


 私は位牌に向かって手を合わせる。


 この異世界で乳幼児の死亡率は高い。

 日本でも江戸時代頃までは「七歳まで神のうち」なんて言われていた。つまり、七歳まではいつ死んでもおかしくないということだが、この異世界でもそれに近いものがあるのだろう。飢饉や疫病が流行った場合、抵抗力のない子供から死んでいってしまう。


「ありがと――」


 妙龍がそう言いかけた瞬間、


「伏せろっ!」


 鋭くヒサメが声を上げた。


 条件反射でしゃがみこんだ私の頭上を、何かが猛スピードで通り過ぎていく。すぐに「ベキッ」「バキッ」と木材を圧し折ったような破壊音が聞こえてきた。

 振り返れば、背後の障子にタンスの引き出しがめり込んでいる。そう、こちらに飛んできたのは、あの引き出しだった。


「姿を現したか」


 ヒサメが見つめる方に視線をやれば、奥の間と二間続きになっている隣の部屋に、ポツンと小さな影があった。

 小さな、ぼんやりとした影。

 だが、その輪郭が徐々にはっきりとしてくる。


「こ、子供…?」


 そう、それは四、五歳くらいの幼児だった。

 おかっぱ頭で、桃色を基調とした縞模様の、可愛らしい着物を身に着けている。おそらく女の子だろう。

 その子がキッとこちらを見据えていた。


「子供だって?どこに子供がいるんだ?」


 妙龍が狼狽ろうばいして、こちらに問いかけてくる。どうやら、彼には女の子の姿が見えないらしい。


「また来るぞ。皆、俺の背後に回れ」


 言うなり、ヒサメは懐から一枚の御札を取り出した。それは『守護の呪符』である。

 彼が唱えるしゅに反応して、呪符の上の文字が青い光を帯び始めた。


 一方、女児の方も動きを見せる。

 彼女が小さな手をパッと頭上に掲げるや否や、廊下側の障子がひとりでにパンッと音を立てて開いた。障子が開け放たれて、庭が丸見えになる。


 すると、庭の方から白や黒の何かが、こちらに向かって飛んできた。それは小さな石で、殺傷能力はそれほどないように思われる……が、その数が恐ろしかった。

 何十、いや何百の石が飛来してくる。

 小石といっても、この数はもはや凶器だ。おまけに速い。弾丸のようだった。


「ひっ、ひぃ!?」


 腰を抜かす妙龍。そこに雨あられの石が降り注ぐかと思われたが……


 ピシッ、パシッ、ピシピシッ!!


 数多あまたの小石は明後日の方角へ弾け飛んだ。見えないに阻まれて、小石はこちらに届かないようだ。

 私が手を伸ばして確かめてみると、何もないはずの空間に壁のようなものができていた。


「これは…」

「結界を張った」


 あっさりとヒサメは言ってのける。彼は『守護の呪符』を使って、私たちの周りを結界で囲ったと言うのだ。


 女の子は石の他に、壺や机など……ありとあらゆるものをこちらに投げてくる。けれども、それらはやはり私たちに届かず、見えない壁に弾かれてしまう。かなり強度のある結界らしかった。


「確かに元は人間の霊だったかもしれないが……ありゃ、もはやアヤカシだな」


 そのヒサメの呟きに、コンが反応する。


「霊がアヤカシになるの?」

「あるさ。なんなら死んだ後の霊だけじゃなく、生身の人間だって成り得る」

「へぇ」


 さらりとのたまうヒサメの怖い話を、コンは興味深げに聞いていた。こうして、彼は色々と学んでいるのだろう。


「子供のアヤカシで真っ先に思いつくのは座敷童ざしきわらしだが……確かアレも元は子供の霊じゃないかっていう説があったな」


 座敷童なら、前世でも聞いたことがある。しかし、私の中の座敷童のイメージと、目の前の敵意むき出しの幼女はかけ離れていた。


「座敷童って良いアヤカシの印象があります。家に福をもたらす…って」


 思わず、そんな言葉が口から出る。

 

 逆に座敷童が去ると、その家はすたれるとも言われているが、おおむね座敷童は良いアヤカシとして受け入れられているはずだった。

 一方で、私たちを睨みつけ、家具や小物などを手あたり次第こちらに飛ばしてくる女の子。その様子は、とても良いアヤカシには思えない。


「まぁ、本来はそうたちの悪いアヤカシではないはずだが……余程、この男に思うところがあるのかもしれない」


 そう言いつつ、ヒサメは未だ腰を抜かし、へたり込んでいる妙龍を見下ろした。


「おい。女のガキに恨まれる覚えは?」

「お、女の子?ないっ!ないぞっ!子供に何かするなんて、そこまで落ちぶれちゃいない!」

「まぁ。あのガキの親がコイツに騙されて、それを恨んでいるという可能性もあるが……」

「いや、そんなことはないはず……だが…?」

「どうだかね」

「なぁっ!さっきから子供の話ばかりしているが、そこに女の子がいるのか?」

「そうだ。お前に見えていないだろうが、そこに女児の姿をしたアヤカシがいる。そいつがこの家の怪異を引き起こしているんだ」


 そこで私は疑問に思う。

 この四人の中で、どうして妙龍だけアヤカシの姿が見えていないのか、気になった。それは妙龍も同じなのか「どうして、俺だけ見えないんだ?」とヒサメに尋ねる。


アヤカシの中には普通の人間――神力や妖力を持たない者には見えにくい種類もいるからな」


 つまり、妙龍に特別な力がないからアヤカシが見えないというのか。しかし、それはおかしいと思う。

 おずおずと私は口をはさんだ。


「私も神力も妖力はありません。でも、見えているですが……」

「お前の場合、日々アヤカシと接して暮らしているからな。アヤカシという存在に身体が馴染んでいるのかもしれない」

「えっ?」


 アヤカシという言葉にひっかかりを覚えて、私は首をかしげる。

 私の身近にいるアヤカシはコンだけだ。最近になって、それに紙魚しみたちが加わった。しかし、二種類の アヤカシで 『』と形容するには語弊があるのでは……?


「あとは、座敷童が大人には見えにくいアヤカシというのも起因しているのかもしれん」

「私、これでも成人しているんですけれども…」

「あとは……」


 私の抗議の言葉をサクッと無視しつつ、ヒサメは続けた。


「式神になった紙魚しみの影響が考えられるな。式神と契約者は互いに影響し合う。そのせいでアヤカシが見えやすくなっている可能性もある」

「……影響し合う?」


 今、何やら聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。

 私はコンとヒサメを交互に見た。この二人は、式神と契約者の関係にあるのだが……。


 式神と契約者は互いに影響し合う――ヒサメは先ほど、そう言ったか?

 では、ヒサメの性悪が、私の可愛い可愛いコンに移る可能性も……。


 最悪最低な可能性に、サッーと血の気が引いて押し黙る私。

 そんな私を見て、ヒサメが頬を引きつらせた。


「……短い付き合いだが。今、お前が失礼なことを考えているのだけは俺にも分かるぞ」



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