第37話 呪い(弐)

 場所は変わって、四条の屋敷からほど近い、五条大路沿いにある稲荷神社。その境内にある水茶屋に私たちはいた。

 私たちというのは、コン、ヒサメ、妙龍、そして私である。


 コンは社会勉強の名目で、私は……


「そもそもお前が撒いた種だろう」


 と、ヒサメに問答無用で連れてこられた。


 水茶屋ではお茶屋、菓子、団子などが提供され、参拝客や往来の人たちの休憩場所になっていた。

 客たちは腰掛に座って、思い思いに過ごしている。その中を給仕の娘たちが忙しそうに働いていた。


 ちなみに、わざわざ場所を四条の屋敷から茶屋に移したのは、ヒサメの意向だ。人間不信の彼は、よく知らない他人を屋敷内に入れたくないらしい。


「それで呪われているって、何があった?」


 ヒサメが尋ねると、ポツリポツリと妙龍は事情を放し始めた。



 妙龍は都の北西にある但州の出で、最近になって大和宮にやって来たと言う。どうりで、ヒサメこと四条の祓い屋を知らないわけである。


 妙龍が異変に気付き始めたのは、都に越してからしばらくしてのことだった。


「誰もいないはずの家で妙な物音が聞こえたり、動かした覚えのない物の位置が変わっていたり……」


 はじめは単なる気のせいと考えていた妙龍だが、家の中で怪異はどんどん増え、そんなことを言っている場合ではなくなってきた。


「俺の目の前で何枚も皿が宙に浮かんだかと思うと、室内を飛び交うんだ。それで壁にぶつかって割れる。しまいには、家にある全ての器が割れてしまった」

「他には?」


 ヒサメは続きを促す。


「悪夢を見るようになった。俺の人生で一番嫌な記憶が夢で何度も映し出される。極めつけはコレだ」


 おもむろに、妙龍は自分の首に巻いてあった包帯を解いていった。

 やがて、彼の太い首が露わになり、私は「わっ」と思わず声を漏らす。


「夜中、お前の屋敷に札を貼りに行って……それから、寝た。また、悪夢を見て……今朝目覚めたら、こんな風になっていた」


 妙龍の首にはアザがあった。それは小さな子供のてのひらのようにも見える。

 ともすれば、小さな子供が妙龍の首を絞めたように――。



 一通り、妙龍の話を聞き終わって、ヒサメは彼に質問をし始めた。


「話を聞く限り、怪異があったのは俺と出会う前からだろう?それなのに、どうして俺が呪った――なんて思ったんだ?」

「お前たちと会ってから、怪異が激化したんだよっ!だから、俺はてっきりお前のせいだとっ……!」

「ンなわけねぇだろう。こちとら、そんな暇人じゃねぇよ」

「……じゃあ、俺を呪っているのは誰なんだ?」


 頭を抱える妙龍。そんな彼に、ヒサメは事も無げに言う。


「ンなもん、いくらでも候補はいるだろう。詐欺の被害者とか」

「俺は詐欺なんか――っ!!」

「お前には神力も妖力もない。祈祷師の才覚はゼロだ。お前が祈祷師の仕事をこなせていたとはとても思えん」

「で、でもっ!俺は確かに、これまで悪霊を退治してきたっ!それで、皆から感謝されてきたんだっ!!」


 バッサリと切り捨てるヒサメに対して、妙龍は断固とした口調で抗議した。


「だが、あの小間物屋の一件。アレはどこからどう見ても詐欺だろう」

「いやっ…そんなはずは……ない…と思う。俺は霊が悪さをしていると思って……」


 痛いところを指摘されたのか、先ほどまでとは打って変わって、妙龍は弱々しい声になる。


「最近、自分でも少し……調子に乗っていたとは思う。小間物屋あの時は、奇怪な物音が聞こえると噂話で聞いて、つい霊の仕業だと思い込んでしまって……」

「ほぉ」

「だが、これまで色々と呪いや霊に関連した事件は解決してきたのは事実だ!お前は俺に祈祷師の才覚はないというが、本当なんだっ!!」


 そう訴えかける妙龍は、嘘を吐いているようには見えない。少なくとも、彼は本気で自分自身の能力を信じているように見えた。

 対して、ヒサメは妙龍の言うことなんてあまり信じていないみたい。「ふぅん」と相槌するヒサメの声音は、どこか無関心だった。

 それを悟ってか、妙龍は身を乗り出して訴える。


「本当だ!信じてくれっ!!」


 その拍子に、彼の着物の袖からこぼれ落ちるものがあった。

 小さな長方形の――それはお守りだった。


 そのお守りは、元は色鮮やかな布の切れ端で作られたらしいが、今は古ぼけていて、模様もよく分からない。

 祈祷師としての力量には疑問符がつく妙龍だが、格好だけは一人前だ。高そうな服や装飾品を身に着けている彼が、こんな古いお守りを持っているのは、なんだかチグハグな印象を受けた。


「落ちたよ」


 コンが親切にお守りを拾ってあげる。妙龍に差し出すと、彼は「あっ」と驚いた顔をした。


「坊主、ありがとな。気付いてくれて助かった」

「大切なものなの?」

「…ああ。死んだお袋が着物を縫ったとき、余った端切れで作ってくれたんだ」


 なるほど。いわば、母親の形見のようなものか。

 大事そうにお守りを懐にしまう妙龍を見て、私は納得する。


――そう言えば、私も昔……誰かに手製のお守りを作ってあげたことがあったな。アレは誰にあげたんだっけ……?


 妙龍のお守りを見て、私は急にそんなことを思い出す。

 すると、ヒサメが「話を戻すぞ」とピシャリと言った。


「お前が詐欺師かどうかなんて俺にはどうでも良いが……まぁ、事情は大体分かった。怪異が起こるのは、決まってお前の自宅ということで良いな?」

「あ…ああ」

「いいぜ。お前に憑いている悪霊だか呪いだかを祓ってやるよ。報酬は……そうだなぁ。これくらいでどうだ?」


 にんまりと笑って、ヒサメが提示した金額は、目玉が飛び出るような高額だった。


「高いっ、高すぎる!最初に言っていた額より上がっているじゃないか!」

「事情を聞いたら、少々面倒くさそうな相手だと分かったからな。まぁ、誤差みたいなもんだろう」

「四割増しが誤差だと!?」

「なんだ?詐欺で儲けた金があるだろう。払えなくはないはずだ」

「それでもさすがに……」

「なら、他を当たるんだな。ただし、言っておくが。俺くらいの腕の祓魔師なら、これくらいの金は良心的だぞ?」

「――っ」


 妙龍は唇を噛みしめた。まさに、苦渋の決断だろう。

 困っている人の足元を見てお金儲けするヒサメは非常に悪魔的だが、その相手が詐欺師なので、私も何も言わなかった。


 結局、背に腹は変えられないと思ったのか、苦虫を噛み潰したような顔で妙龍はヒサメに仕事を依頼した。



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