第34話 祈祷師(弐)

「それって呪いじゃなくてじゃないですか?」


 声を張り上げて言うと、皆がこちらを振り返った。

 野次馬の人々も。もちろん、当事者である小間物屋の店主と祈祷師も。


「……あぁ?」


 ドスのきいた声を出す祈祷師。それに気づかぬふりをして、殊更ことさら明るい声で私は続ける。


「店主さん。このお店、新築ですよね?」

「えっ…と、あっ。はい」

「新しい家は木材が水分を多く含んでいるそうです。木が乾燥して収縮するときに、パキッとかピシッとか音がするそうですよ?」

「そ、そうなんですか?」

「はい。だから、呪いを気にするよりも前に一度、大工さんにご相談してはいかがでしょうか?」


 呪いや悪霊ではなく、木材自体の問題だ――そう指摘すると、店主はあからさまにホッとした表情を浮かべた。しかし、これで黙っていられないのは祈祷師である。


「部外者は引っ込んでもらおうかっ!」


 威圧感たっぷりに祈祷師の男はすごんでくる。男の顔が厳ついこともあって、中々の迫力だが、周囲の人々の目がある以上、暴力を振るわれることはまずないだろう。

 そう高をくくって、私は彼に言い返した。


「部外者というのなら、あなたもそうなのでは?」


 雰囲気から察するに、店主と祈祷師が昵懇じっこんの間柄とも思えない。

 それが図星だったのか、祈祷師は話の矛先を変えてきた。


「俺は呪いや霊の専門家だ!その俺がこの店が危ないと言っておるのだ!!」

「そうですか。それが本当だとしても、大工さんに確認をとってからでも遅くはないでしょう?」

「これだから素人は困るっ!」


 祈祷師は吐き捨てるように言った。


「事態は一刻を争うのだ!悠長なことをしていたら、店主や客が次々と不幸に見舞われるだろう!最悪、呪い殺されるかもしれんっ!!」


 どうやら祈祷師も簡単に退く気はないようだ。

 過激な文句を自信たっぷりに口にするものだから、店主がまた不安そうな表情になる。野次馬ギャラリーたちの間にも「ここまで断言するのだから、祈祷師の言葉が本当かも…?」というような空気が流れた。


 この祈祷師、ヒサメとは違うベクトルで口が上手い。


「もし手遅れになった場合、貴様に責任がとれるのか?お前のような素人の小娘にっ!!」


 完全に流れは向こうのものになっていた。

 このままでは、小間物屋の店主は祈祷師の方を信じてしまいそうだ。相手もそれを分かっているのか、鼻を膨らませ、どこか得意げな顔をしている。


 では、私はどうするかというと……ちらりと背後を見た。

 人だかりから少し距離を置いて、他人事のようにこちらを眺めているヒサメの姿を確認する。


「確かに私はズブの素人です。けれども、この店が呪われていないと言ったのは私ではありません!」

「それは誰だ?」

「あちらのお方ですっ!」


 そう言って、私はヒサメの方を指さした。

 皆の視線が一気に彼に向く。


「……っ!?」


 珍しく、ヒサメは度肝を抜かれたような顔をした。


「あの優男がそんな妄言を?いったい誰かは知らんが……」


 祈祷師は不審そうにヒサメを見る。


 よし、ならばここでヒサメの紹介をしてやろう。一応、都でも有名な祓い屋らしいし、その名を聞けば祈祷師も態度を変えるかもしれない――と私が考えていたところ、



「あれって、四条の祓い屋じゃないか?」

「きゃあ!本物の四条様だわ!」

「なんてお綺麗なの!まるで絵巻物から出てきたみたいっ!」



 野次馬ギャラリーの中から黄色い声が飛んでくる。

 う~む、私がヒサメの正体を明かす必要はなかったみたいだ。


――というか、本当に有名人なんだなぁ。あと、女性の人気がすごい。


 現代日本で例えれば、人気男性アイドルを目にしたときくらいの人々の反応リアクションである。

 私はヒサメの知名度に感心した。


「四条…の祓い屋?」


 周囲の人々とは異なり、祈祷師の方の反応は鈍かった。どうやらヒサメのことをよく知らないみたいだ。

 もしかしたら彼は大和宮やまとのみやの出身ではなく、地方からここへやって来たのかもしれない。



 一方、ヒサメ本人はというと、一瞬物凄い眼つきで私のことを睨んできた。

 だが、ここで私を罵倒するなんて失態を犯す彼ではない。なにせ、ここには大勢の他人の目がある。そんな場面で、自らの評判を落とすようなヘマはしないだろう。


 外面の良いヒサメは、瞬時に自分がどう対応するのが良いか考えたはずだ。

 結果、ヒサメは綺麗な微笑を浮かべてみせた。

 それを目にして、女性たちからまた歓声が聞こえてくる。


「その子の言う通りです。の見立てでは、お店は呪われていません。もちろん、悪霊もいませんよ」


 穏やかにヒサメが言うと、「おおっ」と周囲から声が上がった。



「四条様の言うことなら間違いないわ」

「なんだ。あの祈祷師は詐欺かよ」

「詐欺師から助けてあげるなんて、さすが四条様」



 そんな会話が聞こえてきて、祈祷師は血相を変えた。


「俺よりもあんな素人の言うことを信じるのか!?」


 祈祷師はヒサメを指さして、唾を飛ばす。彼の「素人」という言葉に、野次馬ギャラリーたちは眉をひそめた。



「アイツ、四条の祓い屋を知らないのかよ?」

「四条様を知らない!?それでも本当に祈祷師なわけ?」

「な~んか、怪しいよなぁ」



 人々が口々にそう言うのを目の当たりにして、祈祷師は「うぐっ」とうめきつつ……それでも精一杯アピールする。


「俺は但州の祈祷師!その名も妙龍みょうりゅうだ!!この中にも俺の名を知っている者はいるだろう!?」


 妙龍と名乗った祈祷師は胸を張るが、彼が直面する現実は厳しいものだった。



「みょーりゅー?誰だソレ?」

「聞いたことある?」

「いいえ、ないわ」



 ネームバリューとしては、妙龍よりもヒサメの方が圧倒的上のようだ。

 こうなったら、もう妙龍に勝ち目はない。


 彼は悔し気に唇を噛むと、逃げるように去って行った。



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