第33話 祈祷師(壱)
検非違使庁からの帰り道を私とコン、そしてヒサメは歩いていた。
そこに千景さんの姿はない。
「ヒサメ様はお手伝いしなくても良いのですか?」
一応聞いてみたところ、返ってきたのは「なぜ、俺が?あとは千景がやるだろう」と無情なお言葉だった。
「ええねん。問題解決してもらえて、助かったわ」
そう笑う千景さんに見送られて、私たちは検非違使庁を後にしたのだった。
帰り道に夕食の買い出しをしたいと私が言うと、意外なことにヒサメは買い物についてきた。てっきり彼は先に帰るものだと思っていたから、私は内心驚く。
八百屋や魚屋に寄り、今日の夕食の材料を買い求める。
魚屋に行くと、生きた鮎が桶の中を泳いでいた。脂ののった良い鮎だと言うので、それを〆てもらう。
今日はこれで鮎ご飯を作ることにしよう。鮎を塩焼きした後、土鍋でご飯と共に炊いた一品だ。鮎は魚なのに瓜のような香りがするが、そこが私は気に入っている。
一通り買い物も終わり、さぁ帰ろうかというところで、コンが何かに気付いた。
「あっち。なんか、さわがしいかも」
コンが指さす方を見れば、通りに面した家の前で人だかりができていた。真新しい商店風の建物である。
「ずいぶん人気だね。何を売ってるのかな?」
「見てみたい!」
コンがわくわくした様子で、私とヒサメの顔を伺う。
ヒサメは少し呆れつつも「少しだけだぞ」と許可した。嬉しそうに、コンが店の方へ走っていく。
「……なんだ?驚いた顔をして」
ヒサメは私を見下ろして言った。
「いえ」
「俺が難色を示すとでも思ったか?」
「えっと…」
図星だったので何も言えずにいると、「社会勉強の一つだ」と溜息まじりにヒサメは話す。
「俺の式神は人間社会の中で生きていくことになる。コンは人間とはどういうものか、ちゃんと知っておくべきだ」
――へぇ。コンのこと、ちゃんと考えてくれているんだ。
蜘蛛の
私に対する扱いは散々なヒサメだが、コンに対してはちゃんとしているようで、少しホッとした。
ちなみに、問題の
さて。私たちもコンの後に続いて、人だかりの方へ向かったのだが、どうも様子がおかしい。人気店の賑わい……という雰囲気ではなかった。
私は人だかりの端にいたコンにそっと話しかける。
「いったい、どういう状況?」
「わからないけど。なんか、このお店。呪われているらしい…よ?」
「えっ!?」
『呪い』なんて物騒な単語が飛び出てきて、私はびっくりした。それで、まじまじと店の様子を伺う。
この店は小間物屋のようで、
遠目から見た通り新築のようで、店内はとてもきれいである。とても呪われているとは思えない。
ただし、確かに『呪い』という言葉は、人だかりのあちこちから聞こえてきた。
「やっぱり呪われているの?」
「建物から大きくて変な音が聞こえてくるみたいよ」
「あの祈祷師も呪いだって言ってるし」
周りの人たちの話声を聞いて、「祈祷師?」と私は首をひねる。
「あの男のことだろう」
ヒサメの視線の方向を見れば、禿頭の男性がいた。
がっしりした体格の中年男だ。派手な法衣で身を包み、その上からジャラジャラとした数珠をかけている。厳つい風貌で、「祈祷師」と言われれば「確かにそうかも」と思わせるような妙な説得力があった。
祈祷師は店主と見られる男に、熱心に話しかけている。
「この店は確実に呪われている!誰も何もしていないのに、妙な音が響くのはその証拠!この店を祟る悪霊が怒って呪っているのだ!」
「そ、そんなぁ……。て、手前どもは他人さまに恨まれるようなことは何も……」
「些細なことから恨みを買う――それは人の世の常。お客にも被害が及ばないうちに、早く解決した方がいい。俺なら、すぐに霊を祓うことができる」
祈祷師に低く凄みのある声でそう言われて、店主の顔は青ざめていく。
そんな彼らの様子を眺めながら、コンは首を傾げた。
「のろい?あくりょう?」
コンが不思議そうな顔をしていると、ヒサメがニヤリと笑った。
「どうだ?この店が呪われていると思うか?霊や
「……」
しばらくコンは小間物屋の方をジッと見つめ、それから首を横に振った。
「のろわれてない、霊もいない」
「上出来だ」
ヒサメがコンの頭を撫でる。
コンが何を確かめて「いない」と言い切ったのか、私には分からない。もしかしたら、『探知』とやらで妖力や神力を探ったのかもしれない。
「……ということは、あの祈禱師はデタラメを言っていると?」
「まぁ、そういうことになるな」
あっさりと言ってのけて、ヒサメはそのまま
「えっ!そのこと、あの店主さんに教えてあげないんですか?このままじゃ、詐欺にあっちゃうかも」
私が慌てて引き留めると、ヒサメは面倒くさそうな顔をした。
「どうして俺が、そんな一銭の得にもならんようなことをしなくてはいけないんだ?」
「いや…でも、人助けと思って……」
「断る。そもそも、こんな簡単な詐欺に引っかかるなら、今回は無事に済んだとしても、いずれまた誰かに騙されるだろうさ」
「そうかもしれませんが…」
「助けたいなら、お前が勝手にしろ。俺は知らん」
そのままサッサと帰ろうとするヒサメ。どうやら、彼に人助けをする気はないようだ。
と、私の着物の袖が引かれた。視線を落とすと、悲し気な目でコンがこちらを見上げてくる。
「助けてあげないの?」
「確かに。放っておくのは……ちょっとね」
小間物屋の店主がこのまま詐欺にあうのを見過ごすのは気が引ける。
さて、どうするべきか――私は考えを巡らせた。
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