第14話 召使い(参)

 私はコンと同じ部屋をあてがわれた。

 就寝前、コンと二人きりになると、私は本題を切り出す。


「コン。あなた、これからどうするつもり?」

「どうするって?」


 少年から狐姿に戻ったコンは、パチパチとつぶらな瞳を瞬かせた。


「このまま、本当にあの男の式神になるの?」


 この屋敷の召使いであるおコマさんやロウさんは悪い人ではないだろう。しかし、彼らの主人である、あのヒサメという祓い屋……あの男をどうしても私は信用できなかった。


 コンを私の元から無理やりさらったかと思えば、「お前の狐が餓死しても良いのか?」と半ば脅しのようなセリフを吐いて、私を召使いにした。

 加えて、私の作った食事を「毒でも入れられたら、かなわん」などとおとしめる。


 とんでもない性悪だ。あんな男の式神になどになったら、コンは死ぬまでこき使われるのではないか。私は心配だった。


「こっそり、この屋敷を……いや、都を出ない?」

「えっ」

「二人で逃げよう」


 私たちの住んでいる――『瑞穂の国』。

 その都は大和宮だが、大きな街は何もここだけではない。例えば、遠く東の武州にも大和宮に負けないくらいの都市があるとか。


 とにかく、私とコンが心穏やかに暮らせる場所がどこかにあるはずである。

 幸い、路上パフォーマンスで稼いだお金があるので、当面の生活は問題ないだろう。


「さすがに都を離れれば、あの男も諦めて、追ってこないと思うの。だから都から離れよう」


 コンは驚いた顔をしていたが、すぐに私を伺うように見上げてきた。


「……ハルはここにいるの、イヤ?」

「そうだね。おコマさんやロウさんはともかく、あのヒサメという男にコンを安心して任せられない」

「……」

「コン?」


 コンは居心地悪そうに身じろぎした。これは予想外の反応だ。

 てっきり私が「逃げよう」と誘えば、コンは簡単に了承してくれるものとばかり思っていたのに……。

 目の前のコンは明らかに迷っている様子である。


「もしかして……コンはあの男の式神になりたいの?」


 戸惑いつつも、コンはコクンと頷いた。私は信じられない気持ちになる。


「ハルがいっしょにいてくれるなら、ボクはここにいたい」

「どうして?」

「ボク、強いアヤカシになりたいから」

「強いアヤカシ?」

「あの人、言ってたの。オレのもとでシュギョーすれば、強くなれるって」


 シュギョー……つまり、修行と言うことか。

 確かに、祓魔師の下で訓練すれば、強いアヤカシになれるかもしれない。だが、その修行とやらがどんなものか私には分からなかった。


 人を人とも思わないような扱いをするヒサメのことだ。コンについても、虐待まがいな無茶な訓練を課して、最悪死なせてしまうかもしれない。

 そもそも「強くなれる」という発言も、デマカセの可能性がある。


「別に強くなんてならなくてもいいじゃない」


 コンも男の子だから強さに憧れるかもしれないが、強くならなくても、人間社会に紛れて生きて行けるだろう。むしろ、に生きるなら強さなんて邪魔になるのではないか。


 私はコンを説得する――が、コンは首を縦に振らなかった。彼の中で、「強くなりたい」という想いはかなり強固なもののようだ。


 ほとほと困り果てて、私は尋ねた。


「どうして、そんなに強くなりたいの?」


 私の質問に、コンはしばらく逡巡しゅんじゅんした後、意を決した風にこう言った。


「……カタキをうちたい」

「……え?」


 カタキ――?

 その単語が頭の中で『仇』に変換されるまでに、すこし時間がかかった。

 仇を討つ――まさか、コンの口からそんな言葉が飛び出てくるとは思わなかったのである。


 私は目を見開く。


「仇って…いったい、誰の……?」

「おかあさん」

「!!」


 確かに、コンは母親を幼い時に亡くしている。その後、独りで生きていた彼と私は出会ったのだ。

 ただ、母親の死因について、これまで詳しく聞いたことがなかった。まさか、誰かに殺されていたなんて――。


「コンのお母さんの仇って、いったい誰なの?」


 思いも寄らない話の展開に動揺しつつ、私はコンに確かめる。

 母親や憎い仇を思い出しているのか、はたまた私に仇の名を教えることを迷っているのか。コンは目を伏せ、しばらく黙り込んでいた。

 私は固唾を飲んで、コンの回答を待つ。


 やがて、顔を上げたコンは真っすぐな目で私を見つめてきた。

 その眼の力強さに、私の心臓はドキリとする。


 コンは言った。


神白子かみびゃっこの山神だよ」

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