第25話 幽霊(弐)
又六さんとお芳さんの豆腐屋は一階が商店、二階が住居になっていて、その二階の一室に私とコンは通された。
そう、ヒサメが口にした『手伝い』というのは、他ならぬコンのことである。
コンは幽霊騒ぎと聞いて、やる気一杯だった。「おとうふ屋さんを助ける」と使命に燃えている。
一方で、私はどうしたものかと気が揉めていた。
別に、手伝いがコンであることは不満じゃない。
神力や妖力どころか、霊感さえあるかどうか怪しい私より、コンの方がはるかに頼りになるだろう。
しかし、そもそものところ、私たちには幽霊とか除霊とかの専門知識がないのだ。こんな二人にいったい何ができるというのか。甚だ疑問である。
だが、ヒサメがオーケーを出してしまった手前、何もせずに帰るわけにもいかない。
あの男の『弟子』発言を信じて、又六さんやお芳さんがこちらに期待のまなざしを向けてくるのが、心に痛いところだ。
――仕方ない。やるだけやってみよう。
私は腹を
とりあえず、幽霊が出るという部屋を調べることになり、私は室内を見回した。
ここが問題の場所――又六さんの亡くなったお父さんが使っていた部屋である。
「夜中にふと気配がして、親父の部屋を覗くとさ。ここに親父が立っているわけよ。なんだか、ひどく悲しそうな顔してさ」
そう語る又六さんは怖いのか、部屋の中には入ってこない。廊下から、私とコンに説明をしていた。
「この部屋、散らかっているだろう?親父が亡くなって数か月が経つが、実はまだあまり片付けていないんだ」
又六さんが言う通り、部屋の中は故人の物であふれている。
収納棚にはいくつも冊子が並び、文机には紙の束と筆や
「俺は本を読むのは苦手だが、親父は好きでさ。自分でも何か書いていたみたいなんだ」
「あの、部屋を調べるのにあたって、冊子の中身を確認してもいいですか?日記など、個人的なものがあるかもしれませんが……」
「いいよ、いいよ。構わない。遠慮なく調べてくれ」
又六さんが仕事のため、一階の店舗に戻ってしまうと、二階には私とコンの二人だけが取り残された。
さてはて。家主の許可も出たところで、故人の部屋を捜索しようか。
「又六さんの話だと、お父さんの幽霊が出るのはこの部屋に限られている。ということは、この部屋に何かある……って考えるのが普通だよね?」
確認するようにコンに問いかけると、彼は可愛らしく小首をかしげるだけだった。
やはり、コンも幽霊について何か特別な知識があるわけではなさそうである。ならば私が、ない頭を振り絞って考えるほかないだろう。
「悲しそうな顔とも言っていたし……何かこの部屋に心残りでもあるのかな?」
私はもう一度、室内を見回した。やけに本が目につく部屋である。
もしかしたら、この本の中に何か特別なものが紛れているのだろうか?
ということは、一冊一冊、中身を確認することに……?
「途方もない作業だなぁ。ねぇ、コン。怪しいものがあるかどうか、分からない?」
「あやしいって、どんな?」
「うっ、それは……どんなのだろう」
そう問われれば、何が怪しいのか答えられない。
ひとまずコンには「気になるモノがないか、探してみて」とお願いすることにした。
私は私で、本を一冊ずつ手に取り、中身を改めていく。
又六父の蔵書は、学問書といった硬派な書籍ではなく、草双紙(絵入りの娯楽本)や読本(小説の一種)だった。
この異世界で読書は大きな娯楽の一つだ。面白そうな本を見つけては、思わず仕事を忘れて読みふけってしまいそうになる。
――それにしても、亡くなったお父さんは余程本が好きだったんだなぁ。
庶民にとって、本は気軽に買うには高額だ。基本的に、貸本屋からレンタルすることが多い。
にもかかわらず、個人でこれだけの蔵書があるのは、やはり本が好きだからだろう。
パラパラと本をめくっていくうち、私はあることに気付いた。
木版印刷された版本とは別に、手書きと思われるものがあるのだ。それらは半紙を切って袋とじにしただけの冊子で、他の本に比べて装丁がとてもシンプルだった。
――この手書きの本、作者が全部一緒だ。
『豆三郎』――明らかなペンネームだ。
そう言えば、又六の父親の名前は『三郎』だと言っていたか。そして、家業は豆腐屋。
――もしかしたら、この手書きの本を書いたのは、亡くなったお父さん本人……?
そんなことを考えていたところ、「ハルぅ~」とコンがこちらにやって来た。
その手には一冊の本。
「コレ、なんか他とちがう」
「違う…?」
私はペラペラと問題の本をめくってみる。
これも手書きの本で、作者は『豆三郎』だった。
――もしかして、この本に幽霊のヒントがあるのかも……?
そう思い、私は本を読み始めた。
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