第21話 警護(参)

 大蜘蛛のアヤカシに襲われて、何が何やら分からないまま四条の屋敷に帰った私とコンは、翌朝ヒサメから事の顛末てんまつを聞かされた。


「結論から言えば、今回の貴族警護の件。アレ、自作自演だ」

「……は?」


 目を丸くしている私をよそに、ヒサメは語る。


 やはり、私たちを襲った巨大蜘蛛が貴族の屋敷に毎夜出るというアヤカシだったようだ。

 ただし、実はこのアヤカシは野良ではなく、とある術者の式神だったらしい。そして、この術者を雇っていたのは、件の貴族の娘だった――というのである。


 娘は西園寺徳子さいおんじとくこといった。



「あの徳子という娘は術者を雇い、自分の屋敷にアヤカシ……土蜘蛛が出るように仕向けたそうだ」

「えっと…、どうしてまた……?何のために?」


 アヤカシを出現させ、西園寺家の人々を驚かして、いったい徳子さんとやらは何がしたかったのだろう?

 単なる酔狂か、いたずらか?


 もし、いたずらなら徳子さんは焦っただろう。

 なにせ、事情を知らない彼女の父親が検非違使を頼ったため、毎夜警護の人間が自宅に来ることになったのだから。

 こんな大事になるなんて予想だにせず、大いに後悔したに違いない。


 なんて、私が考えていると……



「目的は俺だとよ」



 ヒサメがそう言った。


「は?」


 私はますます訳が分からなくなり、彼の話の続きを待つ。


「あの女は、俺を西園寺の屋敷に呼びたくて、アヤカシの騒ぎを起こしたんだ」

「なんと……!」



 徳子さんはヒサメに惚れていたらしい。

 ヒサメに会いたくて会いたくて、堪らない。

 そう思いつめた彼女が考えたのが、今回の騒動だと言うのだ。


 まず術者を雇い、その式神であるアヤカシを使って家人たちを怖がらせる。

 徳子さん自身も「怖くて夜も眠れない」と、アヤカシの恐怖に怯えるか弱い女を演じたようだ。そのとき、ヒサメの所属する検非違使妖犯罪対策部の祓魔師に、屋敷の警護をしてほしいと、涙ながらに父親に訴えたとか……。


 娘を溺愛する父親はまんまんと彼女の涙に騙され、ヒサメの上司に頭を下げて警護をお願いしたというわけだった。

 

 だから、ヒサメの警護当番のときに限って、問題のアヤカシが現れなかったというわけである。

 警護の仕事に支障が出ようとおかまいなしに、お酒や食事を振舞ったのも、徳子さんの目的が警護ではなく、ヒサメ本人だったから。


 徳子さんは自らヒサメを歓待することで、二人の仲を詰めようと目論んだのだった。



「どうりで女の態度がおかしかったわけだ」


 何かを思い出したのか、辟易へきえきしたようにヒサメは顔をしかめる。


 結局、ヒサメは仕事の妨げになるからと、徳子さんの歓待を受けることはなかった。当然のように、二人の距離が縮まることもない。

 そんな折、西園寺の屋敷にひょこりと顔を出したのが、ヒサメのお使いでやって来た私とコンだった。


 ヒサメと親しくしている私を見て、徳子さんは悋気りんきに襲われた。

 高貴な自分を差し置いて、どこからどう見ても庶民の女が、どうしてヒサメと仲良くしているのか。

 嫉妬の炎を燃やした彼女は、術者に命じて大蜘蛛に私を襲わせたわけである。


 つまり、四条の屋敷への帰り道、あの蜘蛛のアヤカシは偶然現れたわけではない。明確に私を狙ったわけだ。


 それを聞いて、私はサーっと血の引く思いだった。

 同時に私は、ある可能性に気付く。


「もしかしなくても……ヒサメ様。こうなることを予想して私を囮にしたのでは……?」

「なんだ。もう気付いたか」

「!?」


 悪びれもなく、あっさりと認めるヒサメに、私は言葉を失った。

 彼はにんまりと笑う。


「以前、お前が『俺を歓待するために警護の仕事を依頼しているみたいだ』と言っただろう?それで、あの女の企みに気付いたんだ。だが、証拠はない。それで一計を思い付いた」


 わざと徳子さんの前で私と親し気にふるまうことで、彼女の悋気りんきあおったのだと言う。


 なるほど、これで理解した。

 あの不可解なお使いも、ヒサメの気持ち悪い態度も、全てはこのためだったのだ。



――なんていう男だ!!


 怒りのあまり、私はヒサメを睨みつけた。

 断りもなく、私を囮に使うなんて!

 危うく、こちらは命を落としそうになったんだ!!


 憤懣ふんまんやるかたない私はブルブル体を震わせる。それを見て、「何を怒っているんだ?」とヒサメは小首をかしげた。


「この状況で怒らない人がいるのなら、それは神様か仏様のような広い心の持ち主ですよ」

「大げさだな。無事だったから良いじゃないか」

「結果論でしょう!?」

「そうでもないぞ。コンが付いていたから、そう悪い方には転ばんと思っていた」


 私はそこでハッとする。

 そうだ、コン!

 コンが大熊に化けて戦ってくれたおかげで、私は九死に一生を得たのだ。それなのに、まだお礼も言えていなかった。


「コン!ありがとう」


 思わず、私は隣にいたコンを抱きしめる。えへへ、と彼は照れたように笑った。


「でも、まさか。コンがあんなに強いなんて知らなかったよ」

「うん!ボク、強くなったよ!ご主人さまのもとで、シュギョーしているからね」

「そっか、そっか。偉いね」


 ふわふわとした髪質の頭を撫でてあげると、コンは気持ちよさそうに目を細めた。

 そんな私たちを見て、ヒサメは大げさに肩をすくめる。


「おいおい。土蜘蛛に止めを刺してやったのは俺だぞ?俺には礼はないのか?」

「……はぁ?」


 思わず低い声が出ると、何が面白いのか、ヒサメは「フハッ」と噴き出した。


「まぁ、コンもよくやった。変化の術もずいぶんとサマになってきたな」

「うん!」

「お前は俺が見出したアヤカシだ。もっと、強くなれるさ」

「ボク、がんばるよ」


 ヒサメは最低な男だが、師匠としては有能なのだろう。

 少なくとも、コンはヤツを師として認めており、今回の一件に対しても腹を立てていないらしい。

 なんて、良い子だろう。願わくば、この最低最悪の師匠の腹黒さがコンにうつらないことを祈るばかりだ。




 さて、私を囮にしてまんまと蜘蛛のアヤカシを倒したヒサメは、そのまま近くに潜んでいたアヤカシの契約者も捕まえた。

 その後、術者の男をしめあげると、西園寺の屋敷の皆の前で今回のあらましを自白させたそうだ。

 これには事件の首謀者である徳子さんだけではなく、その父親も顔を真っ青にしたという。


「父親が徳子を問い詰めれば、あの女は罪を認めたよ。加えて、今回の一件には母親も加担していたことが分かった。可愛い娘の恋心を叶えてやりたいという親心だとさ」


 小馬鹿にしたように、ヒサメは鼻で笑った。


「父親の方は、娘や妻の悪事を知らなかったんですよね?」

「ああ。いくら親馬鹿でも、父親の方はさすがにそこまで馬鹿じゃない。徳子らの仕業と分かっていたら、止めたはずだ。まさか、娘の自作自演だなんて思いもしなかったんだろうよ」

「うわぁ…」

「フン。妖犯罪対策部まで引っ張り出してしまい、父親や西園寺家の面目は丸つぶれだ。他に知れたら、宮中の笑い者さ」


 ヒサメによれば、今回の真相は彼の上司にしか知らせず、貴族の体面を守るため、内々に事を済ませるつもりらしい。

 もちろん、この男がタダでそんな親切をするわけがない。

 「儲けさせてもらった」と悪い笑みを浮かべるヒサメ。おそらく彼は、徳子さんの父親と取引して、見返りを得たはずだ。それは容易に想像できた。


 今やスッキリとした顔のヒサメを見ると、囮にされたことへの恨みが再燃してくる。それで、私は当てつけに言ってやった。


「そんなに想われているのなら、徳子さんと御結婚された良かったのに」


 西園寺家というのは高位の貴族の家らしいから、ヒサメにとっても都合良いだろう。いわゆる逆玉の輿というやつだ。

 ……と、ヒサメは心底嫌そうに眉間にしわを寄せた。


「よしてくれ。あんな女が妻だなんて御免被る。自分の仕出かしたことで、家や父親の名誉が傷つくことも想像できない阿呆あほうだぞ?」

「酷い言いようですね」

「事実だろう。しかも、性格も酷いものだ。あの母親は『一途だから思い詰めて…』なんてぬかしていたが、とんでもない。悋気りんきや嫉妬に身を任せ、簡単に恋敵を殺めようとする恐ろしい女だぞ」

「その恐ろしい女を、私にけしかけたんですよね」

「それは仕方ない。今回の一件は、お前にも責任はあるのだから」

「えっ?」


 聞き捨てならないことを言われて、私は耳を疑った。

 私にも責任があるだなんて、どういう意味だ?私はその徳子さんとやらに、会ったことすらないというのに。


 いぶかし気にしている私に、「手紙」とヒサメがボソリと言った。


「お前が勝手に代筆した三通の手紙の内の一通が、あの女に送られたんだ」

「手紙…代筆……」

「どうやら、文字にこめられた神気のせいで、あの女も舞い上がってしまったようだな。俺を恋い慕う気持ちに拍車がかかった、と」

「あっ」


 ヒサメに指摘され、ようやく私は思い出した。

 そうだ。私が代筆した手紙を受け取ったのは三人。そのうち二人はヒサメの職場まで押しかけに行ったらしい。

 ……で、残る一人が今回の徳子さんという女性か。


 ヒサメは口角を吊り上げる。


「なぁ?お前にも責任はあるだろう?」

「~~~~っ」


 その言葉に、私は反論ができなかった。



 私をやり込めた後、ヒサメは部屋を出て行こうとした。

 だが、「そうそう」と何かを思い出したかのように足を止め、こちらを振り返る。


「今日から俺の分の飯も頼む」

「……は?」

「コマに見張るよう言っておくが、くれぐれも料理に妙なモノは混入するなよ」

「ちょっと!」


 言うだけ言って、そのまま部屋を出て行ってしまうヒサメに、私は唖然とした。


――あのヒサメが私の作ったものを食べるだって?いったい、どういう風の吹き回し?


 一度、ヒサメが朝ごはんを口にしたことはあったが、あれは空腹に耐えかねて仕方なく……という状況だった。だから例外中の例外だと思っていたのだが……。

 本当にあの男は、私の用意した食事をこれから毎日食べる気なのだろうか?あれほど、毒の混入を警戒していたのに?


 不意に着物の袖が引かれる。隣を見ると、コンは純粋無垢な顔でこう言った。


「ハルのごはんは、おいしいものね!」



 こうして、私はヒサメの分の食事も作ることになった。




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