第12話 召使い(壱)

 祓い屋の屋敷は、右京の四条二坊にあった。


 大和宮は東西に大路が貫き、これは一番北側から南へ順に一条、二条、三条大路と続いていく。また、南北に走る大路は坊と呼ばれ、これも一坊、二坊と名付けられていた。

 都ができた当初、街は今よりもずっと規模が小さく、東西と南北で通りが規則正しく直行した碁盤の目のような造りになっていたらしい。


 しかし、都の人口がどんどん増えていったこと。

 大きな川が走り、湾に近い立地条件から堀川開削が盛んに行われたこと。

 これらの背景があって、街はどんどん大きくなり複雑化していった。

 二十近い大路が存在し、堀川が縦横無尽に広がる都――それが現在の大和宮だ。


 都の中心部は、今でも碁盤の目のような道路配備を何とか保っているものの、昔よりも入り組んだ街並みに変わったようである。




 さて、四条と言えば貴族の宅地がある区画だ。

 ぐるりと白い壁に囲まれた目の前の屋敷も、かなり立派なものである。この規模のお屋敷の持ち主なんて、貴族か大商人くらしか思い浮かばない。


――この男、私が思っているよりも偉いのか?


 私は祓い屋を見上げた。ヤツはツンと澄ました顔をしている。


――確かに身なりは良い……でも、貴人なら一人で出歩く?護衛やお供をつけるのが普通なのでは?


 不思議に思う私をよそに、祓い屋はスタスタ屋敷内へ入っていく。私も慌てて彼の後追い、門をくぐった。

 そして、屋敷内を見たのだが……



「なに、これ……」



 私は絶句する。

 屋敷は荒れ屋と間違えてしまいそうな、寂れ具合だった。


 広い庭には雑草が好き勝手に伸び、生い茂っている。

 窓や扉の障子は穴だらけでボロボロだ。廊下の床が抜けている箇所まである。


――まさか、没落貴族?それでお供を雇うこともできず、一人で街をうろちょろと……?


 私がそんなことを考えていると、


「おい、お前。何か失礼なことを考えていないか?」

「いえ、そんなまさか……」


 ズバリ言い当てられて、私は目を泳がせる。

――と、チッと舌を打つ音が聞こえてきた。


 この祓い屋は口が悪いし、行儀も悪い。もしかして、貧乏だから貴族であるにもかかわらず、ロクな教育を受けられなかったのだろうか――と私はまた余計なことを考えた。




 外観上の荒れ具合のわりに、屋敷の中は思ったよりも掃除が行き届いていた。

 やはり、障子やふすまは穴が開いても放置されているようだが、廊下には目立った埃もない。ゴミが散乱しているというわけでもなく、衛生面自体は問題なさそうだった。


 やがて、私の耳に誰かの泣き声が聞こえてきた。長く泣いたのか、声は枯れてしまって、ヒィヒィと弱々しいものになっている。


 その声には聞き覚えがあった。


「コン!?」


 私はたまらず走り出す。

 すると、庭に面した十畳ほどの部屋に子狐の姿があった。その周りを困り果てた様子で、優し気な美女と筋骨たくましい青年が囲っている。


「コン!」


 私の声に反応して、コンはハッと顔を上げた。信じられないといった様子で瞬きする。

 そして――


「ハルぅぅぅうう!!」


 絶叫しながら、こちらへ突進してきた。私は何とかコンを受け止める。

 そのまま、しがみついて泣くコンの背中をゆっくりと撫でた。

 やがて、落ち着いてくると、コンは私を見上げる。

 彼の顔は涙と鼻水でぐっしょりと濡れていて、私はそれを手拭いで拭いてやった。



「あぁ、良かったわ。泣き止んでくれて」


 ホッとした様子で、美女が微笑む。彼女の隣では、体格の良い男がぐったりと疲れた表情をしていた。

 その二人に、祓い屋は私を紹介した。


「今日からうちで働くようになった召使いだ。名前は……なんだ?」

「ハルです。どうぞよろしくお願いいたします」


 ペコリと私は祓い屋以外の二人に頭を下げる。


「私はコマと言います」

それがしロウ……です」


 美女の名前がコマ、男の方がロウ。

 二人とも、祓い屋に仕えている召使いらしい。つまり、私の同僚ということになる。


 おコマさんはにっこりと私に微笑みかけた。やはり、優しそうな人である。

 年齢はおそらく二十代前半くらい、髪は淡い茶色で、橙色の着物を身に着けていた。

 こんな人の好さそうな器用良しが、よりにもよって祓い屋に仕えているなんて。他に良い就職先はなかったのだろうか――なんて、余計なお世話を考えてしまう。


 一方、ロウさんはこの異世界の人間にしては驚くほど大柄だった。おそらく、身長は二メートル近いのではないだろうか。

 食事が野菜主体のせいか、現代日本よりもこの異世界の住人は小柄である。それに比べれば、ロウさんは大男と形容していいだろう。

 

 余談だが、私はこの世界でも身長が低い方だ。童顔もあいまって、実年齢から二、三歳は下に見られる。異母姉にはそのことで、さんざん揶揄されたものだ。


「コンちゃんに、ハルちゃん。一気に二人も増えて、お屋敷もにぎやかになりますね。ねぇ、氷雨ヒサメ坊ちゃん」


 私はキョトンとする。ヒサメとは誰だと、少し考えた。


「俺のことだ。俺の名は、四条氷雨シジョウヒサメだ。主人の名前くらい覚えておけ」

「いや、自己紹介されていませんでしたし……」

「あ?」

「ナンデモアリマセン」


 私はフルフルと首を横に振った――と。


 ぐううううううっ~。


 盛大な腹の音が鳴った。皆の視線が音の方――コンへと注がれる。


「えへへ。おなか空いちゃった」


 コンは照れたように笑った。



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