第11話 祓い屋(肆)
あの青年は、おそらくコンを殺すつもりはないのだろう、と私は推測した。
もし殺すつもりなら、わざわざコンを連れ帰る必要がないからだ。
青年がコンをさらって、いったい何を企んでいるか分からない。
何かの儀式に使うのか、それとも自分自身の式神にするつもりなのか……一切不明だ。
だが、そこにどんな理由であれ、私がするべきことは決まっていた。
一刻も早くコンを助けなければ。
翌朝から、私は行動することにした。
まず、あの青年がいったい誰なのか、知らなければならない。
本人は祓い屋だと言っていたが、この都には朝廷公認の祓魔師から、
――と思っていたのだが
「ああ。ソレなら、四条の祓い屋だろう?右京の四条二坊に屋敷がある」
「えっ…」
馴染の豆腐屋の主人である又六さんに聞くと、あっさり答えが返ってきた。
私が提示した情報は、青年の外見、服装、そして行灯に描かれていた六角形の複雑な紋……それだけである。
この
「まさか、こんなにあっさり見つかるなんて…」
私が絶句していると、又六さんは苦笑した。
「知る人は知る有名人だからなぁ。ハルちゃんが言ってた、六角形の特徴的な家紋。アレを使っているのは、四条の祓い屋だけなんだよ」
「有名人…?」
そこで、「そうそう」と横から女将のお
「道ですれ違えば、思わず振り返ってしまいそうな美男子だろう?あんな綺麗な男、他にいないよね」
「……」
私は思わず閉口する。
私にとってあの青年は、勝手に人の家に上がり込み、コンを奪っていった誘拐犯。ど畜生野郎だ。
あの男が美男子だって?むしろ、その綺麗な横っ面を思い切りひっぱ叩いてやりたい。
「まぁ、面が良いってことで女に人気だよ。あと、腕の方も良いらしくて、天才祓魔師って言われて……おい、ハルちゃん。どうしたんだ?」
「そうよ。怖い顔して」
心配そうに又六さんとお芳さんが、こちらを伺ってきた。
「いいえ、何でもありません」
何とか取り繕って、私は顔に笑みを張り付ける。
その一方、はらわたは煮えくり返っていた。
――なにが天才祓魔師だ!あの鬼畜野郎っ!!
怒りのままに私は道端の石を蹴り上げた。
又六さんたちから話を聞いた後、私はあちこちを歩き回って、例の祓い屋についてさらに情報を集めた。
あの男はずいぶんと外面が良いようで、誘拐犯のくせに世間での評判は上々らしい。それが私の怒りに拍車をかける。
だが、相手が有名人だったおかげで、その素性が早く分かったのは不幸中の幸いである。
これからどうしようか、と私は思案した。
コンが人間であれば、四条の祓い屋に誘拐されたと、この世界の警察である検非違使に訴えればいい。
しかし、コンは
公的機関は頼れない。
ならば、直談判するか、もしくは四条の祓い屋の家に忍び込んで、コンを奪還するか……。
「屋敷の場所は分かっているし……どうしようか……」
そんな独り言を口にしつつ、私は自宅の長屋に帰ってきた。
時刻は暮れ六つの鐘が鳴ったばかり、人々の仕事が終わり帰宅する時間帯である。
――と、自宅の引き戸に手をかけたとき、違和感があった。
中に人の気配がするのだ。
私はコンと二人暮らしで、そのコンは鬼畜祓魔師に昨晩誘拐されている。だから、室内に人がいるはずはない。
泥棒かと思い、私は勢いよく戸を開いた。
「誰っ!?」
すると、室内にいた人物がこちらを振り返る。
白い狩衣を身に着けた、顔だけは良い男がそこに居た。
「遅せぇ」
不遜な態度で、四条の祓い屋はそう言った。
*
四条の祓い屋がなぜか我が家にいる。
まさか、相手の方からこちらに出向いてくるとは思わず、私は驚いていた。
――って、この男!また、人の家に不法侵入しているっ!!
おまけに、その態度はふてぶてしく、気後れしている様子がまるでない。
現代日本なら「ヤバい奴が家にいる」と警察への通報待ったなしの状況だった。
しかし、今の私はこの男に用がある。あちらから来てくれて、手間がはぶけたというものだ。
私は懐から小袋を取り出すと、それを祓い屋に投げつけた。「おっと」と言いながら、彼は易々と片手で袋を受けとる。
小袋は、祓い屋がコンの代わりにとよこしたお金だった。
「それ、要りません。だから、コンを返してください」
「ほぉ。お前にとって、あの狐は相当大事みたいだな」
コンが大事かって?そんなの、大切に決まっている。
この異世界で、私は血のつながった家族を失ったのも同然だ。そして、今はコンだけが私の家族なのだ。
「返してください」
もう一度ハッキリと私は言った。
祓い屋は面白おかしそうに、その形の良い唇を吊り上げる。
コイツ絶対性格悪いだろう、と私は思った。
「それはできないな。アレはすでに俺の式神だ」
「なっ……!?」
私は言葉を失った。
「見込みがあると思ったからな。だが、昨晩から泣きっぱなしで何の役にも立ちそうにもない」
「あなたが無理やり私と引き離したからでしょう!?」
「ピーピーうるさく泣きながら、お前のことを呼んでいる。うるさくて
「この人でなしっ!」
私は祓い屋を指さして、罵った。だが、当の本人は悪びれない。
「まぁ。うるさいのは、諦めるまで蔵にでも放り込んでおけばいいが…」
「よくない!」
「困ったことに、飯を食べない。水も飲まない」
「ええっ!?」
「このままじゃ、弱る一方だ。せっかく手に入れたのに、これじゃあ意味がない」
それを聞いて、私は青ざめた。もし、このままコンが死んでしまったらと思うと、身体が震える。
すると、呆然と立ち尽くしている私に対して、祓い屋はこんなことを言い出した。
「お前。俺の召使いになれ」
「……は?」
唐突すぎて何を言われたのか、私は一瞬理解できなかった。
私がこの男の召使い……なぜ?
というか、こんなヤツの下で働くなんてまっぴら御免だ!!
そんな私の考えを見透かしたように、にやりと笑いながら祓い屋は話を続けた。
「嫌か?しかし、召使いになれば、お前の大事な狐は助かるかもしれんぞ」
「……それはどういう?」
「お前の仕事は狐の世話係だ。アレがちゃんと育つように、健康管理をしろ」
つまり、祓い屋の召使いになれば、私はコンと一緒にいられるということか……。
この男の下で働くなんて嫌だが、一番大事なのはコンの安否だ。だったら、祓い屋の提案を受けても良い。
ただ、懸念があるとすれば、この話をどこまで信じていいか分からないことである。
正直なところ、私は目の前の男が信じられない。
なにせ、不法侵入やら誘拐やらを平気な顔でするような人間だ。
召使いの仕事内容はコンの世話というが、他に何をやらされるか分かったものじゃなかった。もしかしたら、現代日本の社畜真っ青な酷い労働環境に置かれるかもしれない。
――けれども……。
「何を迷っている?このまま、お前の狐が餓死しても良いのか?」
こう言われれば、私が選べる選択肢など他になかった。
「分かりました」
こうして私は、お祓い屋の召使いになったのだった。
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