第9話 祓い屋(弐)

 外京の辰巳たつみ門前町の一角に、私とコンはいた。

 私自ら書いた立て看板『新感覚 動く御伽噺 白雪姫』を設置し、準備万全である。


 当初、この看板にどれだけの集客効果があるのか疑問だったが、思いのほか効果はあるようで、通行人たちは「動く御伽噺ってなんだ?」と足を止めてくれた。

 あっという間に、私たちの周りには人だかりができ、その大勢の前でコンは幻術を披露する。



 コンの頭上には、薄いもやが浮かんだ。すると、その中に、可憐な少女――白雪姫――が映し出される。

 白雪姫は動き出し、私のナレーションと共に物語が展開されていく。


 白雪姫は継母に、その美しさを妬まれ殺されそうになるが、何とか森の奥深くに逃げ込む。そこで、「七人の小人」ならぬ「七匹の狐」の家にかくまわれる。しかし、継母は白雪姫が生きていることを知り、今度は「毒リンゴ」ならぬ「毒のモモ」で、彼女を亡き者にしようとする。


 逃げる白雪姫、狐たちと楽しそうに家事をする白雪姫、毒のモモで倒れた白雪姫。

 もやの中で、登場人物たちが動き回り、どんどん話が進んでいく。


 集まった二十人近くのお客さんは皆、真剣にその物語を鑑賞していた。彼らからすれば、動く紙芝居を見ている感覚なのかもしれない。


 最後に、「王子」もとい「貴族の御曹司」と白雪姫が結婚し、幸せに暮らしました――と締めくくったところで、観客たちから拍手が起きる。


 今回の御伽噺も好評だったようで、たくさんの投げ銭が貰えた。

 それを見て、コンも嬉しそうに頬を紅潮させている。




 そう――幻術だけでは他との差別化が難しいと悟った私は、「動く御伽噺」と題うって、幻術で劇を披露することを思い付いたのである。

 この世界には、現代日本のテレビや映画のような動画を媒体とした物語はない。だから、目の肥えた都の人間も物珍しがるだろうと考えたのだ。


 この発想は大当たりで、人々の関心を引いた。

 そして、一度足を止めさえすれば、コンの素晴らしい幻術に観客たちは魅入る。


 ちなみに、披露する物語の内容を考えているのは私だ。

 御伽噺の素材としては、この国にはない(と思われる)ものを選び、見ている人に分かりやすいよう、一応のアレンジは加えている。


 例えば、今回披露したのは、言うなれば和製「白雪姫」。

 アレンジとしては、小人の代わりに狐、毒リンゴの代わりに毒のモモが登場した。

 

 その他に人気があったのは……

 和製「ヘンゼルとグレーテル」――お菓子の家の代わりに、饅頭とせんべい、団子の和菓子の家が出てくる。

 和製「アラジンと魔法のランプ」――魔法のランプの代わりに魔法の行灯あんどん、魔法の絨毯の代わりに魔法の畳が出てくる。


――と、こんな風である。


 こうして、私とコンは収入源を見つけ、何とか日々を過ごしていた。




 本日の講演が終わり、帰り支度をしていると、コンが嬉しそうにお金の入ったザルを私に見せてきた。


「今日ももうかったね!」

「そうだね。コン、お疲れ様」

「えへへ~……あ、そうだ。お客さんがね」

「うん?」

「こんな道ばたでやらないで、どこかお店を借りたらって。そっちの方がもうかるって言ってた」

「……それは、そうなんだけれどね」



 確かに、それは悩ましい問題だった。


 一か所に店を構えれば、もっと大勢の客に見てもらえて、路上パフォーマンスよりも儲かるかもしれない。ただ、賃料がかかるから、人気がないとたちまち赤字になってしまう。


 実は、現在私はコツコツとお金を貯めていた。

 何のための貯金かというと、コンを『式神』として登録するためのお金である。


 現状、コンは『野良のアヤカシ』だ。

 コンがアヤカシとバレてしまった場合、祓魔師による討伐の対象になる。


 コンは何も悪さをしていないから、祓魔師に目を付けられる可能性はとても低い。けれども、万が一ということもある。

 私にはそれが気がかりだった。だから、できるだけ早く、コンを『野良』から『式神』にしたいと考えている。


 幸い、この路上パフォーマンスの収益でも、あと三、四か月ほどお金を貯めれば、式神の登録料金に届きそうだった。店を借りるリスクをわざわざ背負う必要はないだろう。



「もうしばらくは、今までと同じように路上でやろう?」

「よく分からないけれど、いいよ。分かった」


 あっさりとコンが頷いてくれたので、私はホッとした。



 そのときだ。誰かの視線を感じた。

 何だか肌がぞわりとし、私は慌てて辺りを見回す……と、通りの向こうからこちらを見ている人影に気付いた。

 遠目で顔はよく分からないが、狩衣姿の男である。


「……?」


 そんな恰好の男に知り合いなどおらず、心当たりもない。

 私は怪訝な顔でその男を見つめる。


 すると、彼は急に身を翻し、雑踏の中に入って行った。人込みに紛れて、男の姿はあっと言う間に見えなくなる。


「ねぇ、ハル。帰ろう。おなか空いたよ」

「あ、うん」


 コンに手を引かれ、私は頷く。


 いったいあの男は誰なのか――それが妙に気になった。

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