第6話 生贄(参)

 アヤカシ―人間の理解を超えた奇怪で異常なモノたち。

 この異世界にはアヤカシがあちこちにいる。

 人を喰う化け物にしろ、助けてくれる神さまにしろ、人間はいやでも彼らを意識しなければならないのだ。

 

 私が生まれた神白子かみびゃっこ村は、神白子かみびゃっこ山のふもとにあるのだが、この霊山にも強大な力を持つアヤカシが住んでいるという噂があった。

 私はまだ、その姿を見たことはない。


 けれども、ずっと昔から神白子かみびゃっこ村の人々はそのアヤカシを『山神』と呼び、畏れ敬っていた。

 山中には山神様を祀る社も建てられ、お供え物がされている。


 こういった例は、何も神白子かみびゃっこ村に限った話ではない。

 他の地域では、アヤカシを恐れるあまり、村人を供物に捧げるところもあるとか……そんな噂まで耳にする。


 現代日本なら、まず考えられない。

 『生贄』なんて時代錯誤もはなはだしい。

 そう、笑い飛ばしたいところだが……




「私が山神様の花嫁に……?」


 居間へ呼び出されたかと思えば、そこには私以外の家族全員が大集合していた。

 そんな中で、唐突に継母ははに言われたのがコレだ。


 私を山神の花嫁にする。

 花嫁――要するに『生贄』である。


「光栄に思いなさい」

「どうしてですか?どうして私が!?」


 いくら何でも話の展開が急すぎる。

 理由を問えば、涙ながらに父親が何かを差し出してきた。それは白い矢羽を持つ矢だ。


「これが我が家の屋根に刺さっていたのだ」

「白羽の矢……」


 それは古い伝承の一つである。神が生贄を求めるとき、対象とする少女の家の屋根に白羽の矢を立てる――と。


「すまない、すまないなぁ。ハル。これも、村の皆のためなんだぁ」

「山神様はより若い乙女を好むと言われています。この家で一番若い女はハル、お前です」


 号泣していると父と、淡々と語る継母。

 二人の後ろを見れば、今にも笑い出しそうな異母姉桜子の顔があった。


 私は状況を悟る。


――くそっ……ハメられた!


 十中八九、これは継母と桜子の工作だろう。

 私を生贄として始末することで、老舗料亭の若旦那の嫁に桜子を宛がうつもりだ。その魂胆が透けて見えた。


 何とかコレが山神ではなく、人為的なものだと証明しなければならない。私は必死になって頭を働かせた。

 そのとき、これまで黙っていた祖父が口を開く。


「この白羽の矢が我が家に立ったことは、数名の村人に見られている。すでに、村中に花嫁の話は伝わっているだろう。ここで、我が家が娘を差し出さなければ、名主の面目が立たない。白羽の矢を送ったのが山神様だろうと、だろうと、だ」

「なっ……」


 祖父の言葉を聞いて、私は絶句した。

 少なくとも彼は、今回の件が継母たちの企みだと気付いているのだ。気付いていて、名主の体面を保つため、私に生贄になれと言っている。


――これは非常にマズい事態だ……。


 私はギリギリと歯を噛んだ。



 私は逃亡を図らないよう、凍えそうな座敷牢に閉じ込められた。

 生贄に捧げられるその日まで、ここで監禁の身である。せめてもの情けで、布団を何枚かもらい、それに身を包んで寒さをしのいだ。


「お可哀想なお嬢様……」


 食事を持ってきてくれた女中のお清さんは、ハラハラと涙をこぼす。


「村の中には、お嬢様を山神の花嫁にすることに反対する声もあるのですが…。奥様や桜子お嬢様が、皆の不安をあおることをおっしゃるので、生贄も仕方なしという村人の方が多く……」

「はは……。容易に想像できるわ」


 もはや乾いた笑い声しかでなかった。

 あの二人はどうやっても、私を亡き者にしたいようだ。


「それで、お清さん。頼まれごとはしてくれた?」

「あ、はい。お嬢様に言われた通り、裏山の一本杉に赤い布を括りつけてきました。けれども、アレにはどういう意味があるのですか?」

「う~ん。まぁ、おまじないみたいなものかな。苦しまず死ねるように――」

「お嬢様っ!」


 私の言葉を聞いて、またお清さんの目からドッと涙が溢れ出す。


「やはり、私は納得できません!旦那様と大旦那様に直談判を――」

「やめて!そんなことしたら、お清さんが折檻されるよ」

「ですが……」

「私は大丈夫だから…ね?」


 そう言って、私は泣いているお清さんをなぐさめた。


 もっとも。

 私としても、このままおめおめと生贄にされるつもりはない。

 絶対に死んでやるものか。


 すでに策は練ってあった。



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