第一章 四条の祓い屋
第4話 生贄(壱)
【およそ一年前、
板の間にある文机に向かい、私は役人に納める
私の名前は、
この
一見、ごくごく平凡な娘にしか見えないが、私には大きな秘密があった。
それは――前世の記憶を持っているということ。
どうやら、異世界転生したらしい――というのを知ったのは、私がまだ小さな子供の頃だった。
きっかけは、この世界における実母の死だ。
当時の私は七歳くらい。母の死が悲しくてめそめそ泣いていたのだが、その涙が引っ込んでしまったのを覚えている。
それくらい、衝撃的な出来事だった。
日々成長していくうちに、私はここが「過去の日本に似て非なる世界」だと知った。
この国は『
小作人たちが使っている農具は、日本史の教科書で江戸時代に発明されたと載っていたものだったし、着物が主流だが、都会から村に訪れる者の中には洋服を着ている人もいた。
いったい、どうして自分がこの異世界に生まれ落ちたのか――その理由は分からない。どうして私だけ、前世の記憶を持っているのかも不明だ。
だが、それはそれとして、前世での記憶は大いに私を助けてくれた。
例えば、今、私がやっている年貢の計算。
こんな責任の重い仕事、本来ならば16歳の小娘に任せて良いはずがない。名主である父親がしなければならないものである。
それにもかかわらず、どうして私がこの仕事を任されているかというと、単純に私がこの村で一番、読み書きと計算に強いからだ。
村には手習い塾はあるから、もちろん読み書きや計算のできる村人は他にもいるが、私には及ばない。
考えればそれは当然のことで、こちらは現代日本で小中学校の義務教育課程と高校二年生までの教育を受けた身。対して、村の子供たちは四年ほどしか手習い塾に通わない。
まさに現代日本の教育、万々歳である。
だからこそ、今のこの家でも、私は何とかやっていけているのだ。
本日の
使用人たちの指示する声や、トントンと包丁で野菜を切る音、グツグツと
この冬も寒さが厳しいが、竈や七輪に火を入れているため、台所は温かい。加えて、忙しく動き回っているため、使用人たちは額に汗を浮かべている。
今宵、都から大事な客が来るため、大忙し。皆、準備に追われているのだ。
「私も手伝うわ」
着物を腰ひもでたすき掛けにして、私も皆の手伝いに入る。
「ハルお嬢さん。すみません、助かります」
昔からこの家で働いている女中のお
「今夜はとりわけ豪勢な宴を用意するよう、奥様から仰せつかっておりまして。手が足りなくて困っていて」
「今回のお母さまの張り切りようは、物凄いからね。絶対に、この縁談を成功させたいのよ」
都から来る客は、姉の縁談相手だった。
何でも、老舗の料理屋の跡取り息子らしく、相当羽振りがいいらしい。またとない良縁だと、母は意気込んでいた。
姉は村でも美人と評判だから、上手くいくのではないだろうかと私も思う。
余談だが、今の母は私の実母ではない。私の実母が死んだ後に家に入って来た後妻、言うなれば継母だ。
継母がこの家に来たときすでに、彼女と父の間には子供がいた。その子が、今回お見合いをする私より一歳年上の姉である。
言い間違いではない、姉だ。
つまり、父は私の母という正妻がいながら、その妻と子を成す前に、よその愛人と子供を設けていたことになる。
現代日本なら後ろ指差されてしまう父の素行だが、コレがまかり通るのがこの異世界の倫理観だった。
さて、継母と異母姉と私の関係だが、世間でよくある通り、あまり
何とか関係改善を試みているが、向こうが私を毛嫌いしている。思い返せば、初対面の時から、けんもほろろな態度だった。多分、私の存在自体が気にくわないのだろう。お手上げ状態である。
まぁ、嫌われてしまったものは仕方ない。
精神面では、意外に私はけろりとしていた。
問題は、この家の女主人である継母に嫌われていると、色々と生活に支障が出てきてしまうことだ。例えば、暴力を受けたり、とんでもない所へ奉公に出されたりする可能性もあった。
あちらは、跡取りである異母弟を産んだこともあって、家の中の立場が私よりも上なのだ。
それで私は、父の仕事の手伝いをしたり、家事を率先してやったりすることにした。私はこの家の利益になるよ、とアピールしたわけである。
この努力があってかどうか分からないが、父親との関係性はそう悪くない。時に、継母から私を庇ってくれることもあった。
継母と異母姉にしても、私がいなくなると自分たちに家事が回ってくることを自覚しているようで、嫌みを言われるくらいの嫌がらせで済んでいる。
目障りな前妻の子供でも、役に立つなら家の中に置いておこうという腹だろう。
小娘にしては上々の立ち回りだと思う。
このまま穏便に日々をやり過ごし、どこか無難な家に嫁げればそれで良し。
私も16歳だから、嫁に行くのもそう遠くないだろう。何とかなるはずだ。
少なくともこの時までは、私はそう楽観視していたのである。
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