第5話 成人

 マルコの家では成人式が行われた。

 もちろんマルコのだ。

 テーブルにはウサギ肉や卵といった村では高級品が並んでいた。


「さあ、今日はめでたい日だ! マルコの成人を祝って! 乾杯!」


 マナセの音頭で親子3人が木のジョッキをコツンと軽くぶつけて鳴らす。

 入ってるのは麦から作った酒だ。

 最近村で作り始めたものだった。

 マルコはこの日初めて酒を飲んだ。


「うわっ、なんだこれ苦い!」

「はっはっは、そのうちお前もこれの良さがわかるようになるぞ」

「そういえばちょっと気持ちよくなってきたような気もする」

「わっはっは、それが酒の魅力だ! ただ飲みすぎるなよ? 吐くぞ」

「親父が言ってたよな。薬にも毒にもなるだったっけか? これがそれ?」

「そうだ。酒は薬にも毒にもなる。まあこうやって楽しく飲んでいる間は薬だな」


 宴は進む。

 滅多に食べられない料理ばかりなので家族の食は進む。


「お前がイブ様に初めてお会いした時の話を聞いていなかったな。どんな感じだった?」

「うん? イブ様? カワイイ子が来たわね、食べちゃおうかしらって言われたよ。一瞬、悪魔かと思っちまった」

「イブ様、あの方は相変わらずだな」


 マナセは頭を抱えた。

 親子二人はグイッとジョッキを飲む。

 厨房では母のエラが追加の料理を作っていた。


「親父、きっと病気の神ってのもいるんだろうな」

「おるよ」

「どんなやつが崇めてるんだ?」

「お前が冒険者になるというなら必要な知識かもしれんな。殺したい相手に使うのよ。まあ剣や包丁みたいなものよな。人も守れるが同時に悪いことにも使える」

「なるほど使い方次第ってことか。もしかしてだけどさ、結構崇めてるやついるんじゃないのか?」

「病気の神の信者もおるなぁ。意外かも知れんが頼めば怪我や病気も治してくれるらしいぞ」

「ん? 待ってくれ親父。そういう事なら他の神様も同じことできるんじゃないのか?」

「鋭いのぉ。どうやらお主は神様か天使様かはわからんが気に入られているようだな。今度聞いてみるといい」


 厨房から母が出てきた。

 良い匂いだ漂う。

 手には鍋を持っている。

 スープ料理だろうか?


「あらあら話が弾んでいるわね。ウサギ肉のスープよ」

「ありがとうお袋」

「今日の締めに丁度良いな。このスープを飲んだら寝るぞ。明日はマルコの旅立ちだ」


 旅立ち。

 待ち焦がれたポルトの街への旅立ちである。


 高揚感と同時に寂しさもある。

 二つの感情がぐちぐちゃになっていたが高揚感が勝った。


「あと、マルコ。最後に言っておくことがある」

「なんだ親父?」

「10年だ。10年たっても芽が出なかったら帰ってこい。それまでワシらは元気だろう。お前も10年やってダメなら諦めもつく。もちろんその前に帰ってきてもいいがな。医者としてこき使ってやるぞ?」

「分かった10年だな。こき使うはやめてくれよ、それって今まで通りってことじゃないか」


 マルコとマナセは二人ではっはっはと笑う。

 母エラも口に手を当てて笑っていた。

 父マナセはマルコの肩に手を置いて軽く叩くと寝室へ向かって行った。



 その晩。

 マルコは夢を見る。


 妙にハッキリした夢だ。

 いつもの白い部屋の中にイブ様がいた。

 今日のイブ様は紺色の服にズボン姿だった。


「あ、どうもイブ様。これって夢だけど夢じゃないっすよね?」

「マルコくん成人おめでとう。そうよ、今日はこちらからあなたを呼んだの」

「それでご用件は? あっ、もしかして病人かい? 手伝いをしろとか?」

「あら? 神様に弟子入りでもしたいの? それなら推薦してあげてもいいけど人間やめる事になるわね。修業はきついわよ」

「勘弁して下さいよ~イブ様。きついのは父の修業だけで勘弁です」

「うふふっ断られちゃった。ざーんねん。でも天界は人手不足だから人間の寿命が終わるころには考えておいてね。今日もお茶飲む?」

「おう。貰うぜ」


 二人で深夜のお茶会が始まっていた。

 お皿の上のわずかなクッキーをつまみながら二人でお茶を飲む。


「あまり休み時間も無いから手短に話すわ。あなたに破壊の力を授けるわ」

「それってどういうものですか?」

「冒険者になるんでしょ? ここまで育てたあなたに死なれても困るもの。自衛の力を授けるわ。それにぃ~あなたの祈りってとっても良くってぇ~、お姉さんゾクゾクしちゃうの~」

「イブ様からかわないでくださいよ」

「うふふ。毎日の祈りのお返しだと思ってくれれば嬉しいわ。相手の体に毒をかける祝福と、破壊の光線の祝福を授けるわ」

「えっ、治療とはほど遠い気がするんですが。僕が信仰していたのは医療神だと思ってました?」

「そうね。でも毒と薬って似ているの。使い方によって変わるのよ。破壊の力は神々でも論争はあるんだけど一番扱いに困るのが戦争での使用よね」

「なんとなく分かります。医療神が人殺しとかできませんよね」


 戦争か。

 話には聞いたことはあるけど人と人が殺し合うのは恐ろしい。


「盗賊とかにはもちろん使っちゃってOKよ。あとモンスターや害獣にもね。盗賊はきっと他の場所で人を傷つけているから成敗されても仕方ないわ」

「じゃあ、戦争は?」

「街へ行ったら戦いの神の神殿へ行くといいわ。そこで祈るの。あなたの信仰心なら大抵の神に祈りが届くはずだからそこで聞いてみるといいわ。戦いの神はそういう事でずっと悩み続ける神なのよ」

「分かりました」

「あっ、そろそろ下界が朝みたい。じゃあ街でも元気にやるのよ~。あと今日のおみやげのお菓子よ~持っていってね。またね」


 俺の意識は暗転した。


 チュンチュンチュン。

 鳥のさえずる声がする。


「朝か。あれは夢じゃないよな」


 夢じゃない証拠に木箱を抱えて目が覚めた。

 きっとお菓子が入っているのだろう。

 そこには可愛い字で成人おめでとうと書かれていた。

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