第4話 最近の天使さま

 マルコは最近忙しい。


 木漏れ日の村ではマルコが怪我や病気の治療を行うようになっていた。

 もちろん父マナセも同行している。


 村人たちは素直に歓迎してくれた。

 医者の跡継ぎが出来たと素直に喜んでいるのだ。


 村が平和だと聞きつけて移住してきた者もいる。

 王の命令でさらなる開拓のために送り込まれた者も居た。

 こうして木漏れ日の村は大きくなっていく。


 すべては順調に進んでいた。



 だが、マルコの成人式も近くなってきた頃、幼馴染のアベルが病気で倒れた。

 体が熱いのに本人は寒い寒いと言っているらしい。


 アベルは村の隅にある小屋に閉じ込められてしまった。

 村の人は迷信深い。

 アベルが何か悪いものに取りつかれたと思って近寄ろうとしない。


「おそらく悪魔付きではないだろう。まあもっとも、病人を隔離するのは間違ってはいないがな」


 父マナセが小屋へ向かいながら言った。

 マルコも同行している。


「そうだな。親父の言うとおりだ。隔離は流行り病の防止の効果があるんだっけ?」

「ああ、そうだ。他の人に病気がうつらない効果がある。半面、看病が行き届かないと言う問題点もある。過激な村では悪魔つきとして、そのまま火あぶりの刑にされる事もある」

「ひどい話だな」

「ああ、だがこの村には私たちがいるからな。そんな事はさせん」


 マルコとマナセが小屋の前に着く。


「マルコよ。アベルの治療を最後の課題とする。これを達成したらお前は卒業だ。もう私に教える事はない」

「わかった。頑張るよ」


 マルコはアベルの事が心配で頭がいっぱいだった。

 よくチャンバラごっこで遊んだ間柄である。

 父の修行が始まってからは遊ぶ機会が減ったが、今でも友達のつもりだ。



「アベル、入るぞ。今助けてやる」


 マルコは父を伴って小屋の中へ入った。


「……う、マルコか? よく来たな。だが病気がうつるぞ」

「アベル、お前の病気を治しにきたんだよ。平気さ」

「お前、すごいやつになったな、ゲホッ」

「待ってろ、祝福・病気鑑定・天界」



 マルコが祝福を使うと、彼の意識がそこで一瞬途絶える。

 視界が暗転し、次の瞬間には意識がどこかへつながっていた。


 マルコの視界がぼんやりとだが戻る。

 しばらくするとはっきりと見えてきた。

 奇妙なものがいろいろと置いてある白い部屋としか言いようがない。

 父は天界だと言っていた。

 宗教的にもそういう解釈らしい。


 机とイスは分かる。

 だが他にいろいろ置いてある道具は何に使うのだろう?

 理解が及ばない。



「あら、マルコちゃん。いらっしゃい。今日は怪我? それとも病気?」

「イブ様お疲れ様。今日は病気のほうだぜ」


 イブと呼ばれた女性の髪は青色で長く美人だ。

 身長はマルコと同じぐらい160センチ台だろうか?

 鼻は低くもなく高くも無い。

 目は二重で少しだけ丸い印象を受ける。

 唇に何かを塗っていて、ピンク色に見える。


 イブは白い服を着ており、服はぴっちりしている。

 彼女のスカートには浅くだがスリットが入っていた。


 たまに色のついた上着を着ていることもあるが、マルコにはそこにどういう意味があるのか分からなかった。

 日によってはズボンの日もある。


「今日は怪我の人も病気の人も来なくてちょっと暇だったから。ちょうどよかったわ。お茶していく? 同僚の天使からもらったお菓子あるわよ? 食べる?」

「お、おう。ではちょっとだけ」


 マルコは長イスに座ると、出されたお茶とお菓子を食べながら待つことにした。

 お菓子はクッキーである。

 外はカリカリ中はモチモチで美味しい。


 しばらく待っているとお茶を全部飲んでしまった。



「マルコちゃんおまたせー。ついでに神様に患者さんの様子を聞いてきちゃった。これお土産用のお菓子よ」

「イブさんいつも悪いな」

「担当の天使なんだから当然よ~」


 イブはお菓子の入った箱をマルコに渡した。

 お茶のおかわりも入れてくれる。


「それでね、患者さんだけど重い風邪みたいな病気なんですって! パルマ風邪って言うらしいの。いまお薬を作ってもらってるからもうちょっと待っててね!」

「分かったぜ」


 イブが再び部屋を出た。

 マルコは長イスで一人で待つ。


「あれが風邪? アベルの症状はもっと重く見えた」


 風邪とは、きっと神の例えか何かだろう。


 マルコはこの奇妙な空間で、再びお茶を飲み始めた。

 とてもおいしい。

 しかも食べるたびに力が漲ると不思議なお茶と菓子だ。


 彼は天界へ来るたびに、飲み食いしている。

 一種の楽しみになっていた。

 父は迷惑だからと、やめるように言っていたが……。


「だがまあいいさ。イブさんがせっかくくれたものだし」



『スタスタスタスタ……』


 イブがやや急ぎ気味に歩いてきた。


「はーいおまたせー。これお薬よー。あなたが祝福で回復したあと飲ませてね~。患者のアベルくんだっけ? 栄養がちょっと足りないみたい。あなたの村だとそうね~。卵とか食べさせるといいかも! 麦でおかゆ作って~そこに卵をすこし混ぜるの。あまり作りすぎても弱ってるから全部食べられないわよ~。あとこれ神様からおみやげ! 魔法の道具で~簡単な病気と怪我なら診断と治療してくれるわよ~。祝福すると使えるの。でも重病人が出たら、今まで通りちゃんとここ来るのよ!」


 マルコは魔法の道具を受け取る。

 道具は平らな面のあるこぶし大の黒い石のような物だ。


「いいんすか? こんな凄そうな物もらって!」

「なんか神様にも事情があるんですって。ワタシにはよくわからないな~。たぶん、キミの旅立ちに必要だと思ったんじゃないかな? キミはよくお祈りしてたからね。ではお大事にね~」

「ありがとう。また来るぜ」


 マルコの意識が再び暗転する。



 彼の意識はすぐにアベルの寝かさせている部屋に戻ってきた。

 手には薬と魔法の道具とお菓子が握られている。


「なあ、マルコよ。薬は分かるとしてお前またお菓子もらってきたのか?」


 お菓子はいつものクッキーだろう。

 実際、箱にクッキーと書いてある。


「くれるってのなら貰う! 親父だってイブ様に会ったんだろ? お菓子勧められなかったの?」

「天界の物はありがたすぎてもらえないわい!」

「そんなことよりアベルの治療だ。祝福!」


 アベルの体が淡い光につつまれる。

 マルコは魔法をかけるとアベルにさっそく薬を飲ませる。


「よし飲んだな。アベルゆっくり休むんだ。これで助かるはずだ」

「悪いなマルコ」


 その後はマルコとマナセで村人に指示を出して、アベルの食事を用意した。



 やるべきことが一通り終わった後、例の魔法の道具をポケットから出してみる。

 よく見ると黒い宝石にも見える。


「これは、私も見たことがないな」


 マナセは魔法の道具を見て首をかしげる。


「ちょっと祝福してみよう」


 マルコは祝福すると使えると言うのを思い出した。


「そうだな。試しに、祝福・病気鑑定!」


 黒い宝石が光ると、平らな面に文字が出た。

 ちゃんと普通の文字で読める。


『この地方一帯では、重い風邪のような症状の病気が流行りつつあります。しかし風邪とは異なる病気です。仮にパルマ風邪と呼びます。見つけ次第、天界へ連絡してください。また、軽いうちは祝福で治療できます。早期発見と治療を心掛けましょう』


「これは、この村の状況を示しているのか? しかし不吉な」


 親父の顔つきが険しくなる。


「でもこれ天界でもらった物だよ。警告してくれていると素直に受け取ったほうがいいんじゃないのかな」

「そうだな。だが村人には伏せておこう。不安を煽るだけだ」

「親父、忙しくなりそうだな」

「ああ、そうだな」


 結果、木漏れ日の村の被害は最小限に抑えられた。

 しばらくするとアベルは無事に回復した。


 とんでもない卒業試験になってしまった。

 きっと天界の神と天使は、自分が楽をしたくて魔法の道具をくれたに違いない。

 マルコの祝福で症状の軽い患者は治せたからだ。


 他の村や街ではこの病気が流行して死者が多数出た。

 そのような中、木漏れ日の村では死者が出ず奇跡の村と言われた。


 村の噂は行商人を通じて勝手に広まって行った。

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