第33話 入院五日目(英彦編)

 注射を拒んだことで、入院期間は二日も伸ばることとなった。


 入院生活は退屈で、まずいご飯を食べる、面白くないテレビを見る、寝るくらいしかやることはなかった。楽しみらしい楽しみは何一つなかった。


 見舞いにやってくるのは、父、母といった親族だけ。学校関係者は誰一人、お見舞いに来なかった。相撲部でともに汗を流した人間ですら、病室にやってくる気配はない。

 

 英彦の入院室に、あの看護士がやってきた。手の甲に注射を刺すという、とんでもない拷問をした女。退院したら、絶対に訴えてやる。


「小林さん、採血をします」


 前回の悪夢がよみがえり、体の全身から冷や汗が流れる。


「今日こそは血を取りましょうね。高校生にもなったんだから、暴れないようにしてください」


 あんたの腕さえあれば、失敗しなかったはず。己の未熟さを棚に上げるなんて、とんでもない屑看護師だ。


 おばさん看護師のところに、他の看護師がやってきた。


「今日の採血は私がします」


 他の看護師の採血と知って、気分は少しだけ和らいだ。


 女看護師は気色悪い手で血管を触ったあと、採血する場所を指定した。


「手の甲が一番よさそうですね。ここでやりましょうか」


 二度もあの苦痛を味わうのは嫌だ。英彦はダメもとで聞いてみた。


「手の甲以外はダメなんですか?」


「いけなくはないでしょうけど、一回では取れないかもしれませんよ」


「それでもいいので、採血してください」


「わかりました」


 女看護師は血管チェックをしたあと、


「ここにしましょうか」


 といった。手の甲から5センチくらいしか離れていなかった。看護師の腕によっては、神経障害を引き起こすリスクを伴う。


「腕の真ん中でしてください」


「わかりました。血はなかなか取れないでしょうけど、やってみましょうか」


 看護師はアルコール消毒したあと、注射の針を刺す。強烈な痛さに、顔を思い切り歪める。


 一度だけなのでわからないけど、前回よりも下手という可能性もある。病院には注射下手な奴しかいないのかよ。


「すみません。血が取れないので、もう一度やりますね」


 注射嫌いなのを知って、わざと失敗しやがったな。性格があまりにも悪すぎる。


「次はここで行きますね」


 二回目も失敗に終わる。何度もやっているんだから、とっとと終わらせろよ。


 血を抜くまでに、七回も針を刺すことになった。いろいろなところを刺されたからか、注射が終わったときにはもぬけの殻になっていた。

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