第31話 注射は大嫌い(英彦編)

 入院してから、二日が経過した。


 英彦の病室に見舞いにやってきたのは、父、母だけだった。学校の教師、クラスメイトは誰も見舞いに来なかった。あまりの薄情さに、人間の心はないのかよと思った。


 光さんも病室に来る気配はなかった。英彦はそのことに、絶望感をおぼえていた。あんなに思いを伝えた女性だけは、見舞いに来てくれると信じていた。彼女の笑顔を見られるだけで、病室にいる苦痛を完全に取り除ける。


 英彦の病室に、40くらいの看護師が入ってくる。普段から運動していないのか、おなかにたっぷりの贅肉がついていた。


 醜い贅肉が横にぶるんぶるんと揺れる。あまりに醜いので、視線をそらしてしまった。


「小林さん、調子はどうですか?」


 見た目もダメなら、声も腐っている。看護師に人間の魅力は皆無だった。


「採血をしますので、腕を出していただけますか?」


 採血と聞き、全身から汗が流れる。英彦は小学生のころから、注射を非常に苦手としている。


「嫌です・・・・・・」


「採血をしないと、退院は長引きますよ。それでもよければ、今日の採決は中止にします」


 脅し文句で採決に応じさせようとする看護師。こいつの心には、強烈な悪魔が宿っている。


 入院が長引くのは、非常に都合が悪い。英彦は採血に応じることにした。


「いたくないようにしてください」


「善処はします・・・・・・」


 看護師は腕のあちこちを触ったあと、注射する位置を決めた。


「ここにしましょうか」


 看護師が指定したのは、手の甲だった。よりにもよって、一番痛くなる場所で血を取ろうとしている。


「他の場所は無理ですか?」


「血管が見えにくいので、ここで採血をするのが手っ取り早いです。他の場所でもいいですけど、何度も針を刺すことになるでしょう」


 何度も針を刺されるのは嫌だ。英彦はしぶしぶ応じることにした。


「手の甲で採血してください」


「わかりました。手の甲で採血させていただきます」 


 アルコール消毒を終えたあと、針は手の甲に刺さった。あまりの痛さに、腕はおおいに暴れることとなった。


「イタイ、イタイよ」


 注射の針は完全に折れている。彼の手の甲には、針の部分だけが刺さっていた。

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