第16話

手に入った密書には簡単に暗殺計画が書かれてあった。

その内容に張済は満足して頷き、そろそろ頃合いだと思い呂布に報告する為に向かうのであった。

呂布奉先の暗殺計画の黒幕が判明したと言う事で張済は呂布の元に赴いた。

(俺の作戦通りに事が進んでる!)

そんな自信に満ち溢れていた張済だが、次の瞬間その自信は打ち砕かれた。

「ご苦労様」

そう言って現れた呂布の姿に張済は愕然とした。

そう……呂布の背後にいる人物を目にして驚愕したのだ。

(馬鹿な……何故、この場に太師が!)

「どう為された?そんなに慌てた顔をして呂布奉先に何か?」

そう言って笑みを浮かべるのは李儒であった。

そんな様子に張済は動揺しながら答える。

「いえ……」

(どういう事だ……この計画は誰にも話していない筈なのだぞ!)

そんな様子の張済に対して李儒は言った。

「貴方が何をしていたのかは知っています。もう一度聞きますね。張済殿……何を為さっていたのです?」

そんな李儒の様子を見て張済は察する。

(コイツは全てを見抜いた上で、この場に現れたという事か?)

張済は自分の失敗と死を覚悟すると静かに立ち上がる。

その様子に李儒が訊ねてくる。

「おや?どちらへ?」

そんな余裕に満ちた言葉に対しても張済は淡々と答える。

「私は太師に刃を向けた謀反人……この世に居場所など御座いません」

そう言った瞬間に呂布が俺に近づいてくる。

「失礼しますよ」

そんな呂布の挨拶と同時に、俺の拳が張済の頬に突き刺さる。

その一撃を受けて張済は気を失い倒れ込んだのだ。

(え?はや!)

そんな俺の反応に李儒が苦笑いを浮かべていた。

「流石、呂布奉先殿ですねぇ……」

(いや、李儒さんがやれって言ったんでしょ?)

なんて思っていたのだが、李儒は微笑みを浮かべながら言う。

「まぁ、張済殿に問い質せば全て分かるでしょう。その間に貴方は将軍を連れて戦の準備を進めていてください」

そんな言葉に頷くと俺は天幕を出たのであった。

呂布奉先と段珪の策によって張済が捕らえられた為、配下の兵達は戦の準備もせずに蜘蛛の子を散らす様に逃走していったという。

そんな中……楊奉軍が攻め寄せてきたという報告が入る。

楊奉軍か……どんな相手なんだろうか?と俺は内心思っていると程遠志が答えを言った。

「ああ、太師様の義弟である楊奉様ですね」

その説明を聞いて呂布が興味深そうに聞く。

「へぇ~そうだったのか」

程遠志の説明によると、この黄巾党討伐に活躍した俺に仇討ちをすると張り切っている様で、ここぞとばかりに出陣したと言うのである。

「丁度いいかもしれませんね」

そんな中、張済が口を開いた。

「私も連れて行ってもらえませんか?」

だが、李儒は即答で答える。

「貴方に用はありませんね」

そんな冷たい発言に張済は肩を落としながら俺達に頭を下げると兵達に促されて別の天幕に向かうのであった。

そんな張済を見送っていた程遠志は溜息をつきながら呟いたのだ。

「追い詰められた人間は何をするか分かりませんからね……ああやって逆上でもしてくれれば、それはそれで良い事なのですがね」

李儒も頷きながら言った。

「やはり我が軍が優勢なのは間違いありませんね。今までは状況が不明瞭な為、戦をしない様に慎重に軍を率いる様にしていましたからね」

そんな時、張済と入れ替わる形で楊奉軍の武将である石覧が俺達のいる陣幕に足を運んできたのである。

「ここに呂布奉先が参ってると聞いたんだが……」

そう言いながら入ってくる石覧の目付きは鋭く、明らかに好戦的な表情を浮かべていたのだ。

「呂布奉先は俺だが?」

そんな俺の返答に石覧は鼻で笑い答える。

「お前がか?董卓軍の時の武勇も耳にしているのだが……噂など当てにならないものだな」

その言葉に呂布は少し腹を立てながら答えたのだ。

「ほぉ……そこまで言うんだ。では実際にやってみるか?」

その様子を見かねた李儒が横から口を挟んだ。

「いえ、石覧殿……その者の武勇は確かなものです。まずは話し合いをしましょう」

そんな李儒の言葉に舌打ちをすると石覧はその場にドカッと座ると口を開いた。

「なんだ、アンタが太師様から軍の全権を任されている男か?」

挑発的な口調だが楊奉はそんな事など全く気にもしない様子で答えた。

「お初にお目にかかります、曹遠殿」

そんな態度に段珪は強い違和感を覚えていた。

(私は何も言われていない……私の知らない所で段珪様に関する情報が何者かによって伝わったという事なのか?)

そんな李儒の反応に石覧は更に言葉を続ける。

「俺は太師様の義弟、楊奉だ。あの御方は長年に渡って黄巾党を相手に戦い続けてきた大将軍ぞ!その義弟である俺がこの戦の総司令官となるのは当然の事であろう?」

その言葉に李儒は少し口角を上げると何故か俺に視線を向けるのだ。

(え?なんで俺にそんな顔を向けるの?)

そんな俺の様子などお構いなしで楊奉は話を続ける。

「そして、そんな俺が直々に今回の戦に出て来たのには大きな理由があるのだ!」

その様子に李儒は答える。

「何か特別な狙いでもあるのですかな?」

そんな李儒の言葉に対して石覧はニヤリと笑みを浮かべて答えたのである。

「呂布奉先……貴様を討伐し大将軍の仇を討つ!それが俺に来た密命なのだ!」

その言葉を聞いた俺達はキョトンとした顔で見つめ合い、その静寂を打ち破ったのは李儒だった。

「ああ、そうか……呂布殿が貴方がたを討伐しに行った際に石覧殿のご家族を手にかけたとか言う話でしたか」

そんな言葉に楊奉は血の気が引いた様な顔をすると身体を震わせたのだ。

「なんだと!その話は本当なのか?」

そんな楊奉を無視して李儒は言葉を続けた。

「冗談ですよ……」

一瞬呆気に取られた表情をするのだがすぐに怒りで顔を真っ赤にした楊奉は叫んだのだ。

「ふざけるな!」

そんな楊奉に対して、李儒は間髪入れずに答える。

「でしたら呂布奉先殿に仕返しする事も可能となりますね」

そんな李儒の返答を聞いた瞬間、怒りに任せて掴みかかろうとするのを程遠志が止めると口を開いたのだ。

「本当にそのような事があったのですか?もしそうであれば、私の方から漢中の張魯様に申し上げて石覧様の官位を賜る事も可能となりますが……」

そんな程遠志の言葉を聞いた楊奉は眉間にシワを寄せると少し考えてから答えたのだ。

「いや……今回の事は口が滑ってしまっただけの様だ……聞かなかった事にしてくれないか?」

そんな予想外の返答に呂布は興味深そうに質問する。

「まぁ、そちらがそう言うのであれば深く追求はしないが、そんなにご家族に弱みがあるのなら戦なんて止めた方が良いんじゃないのか?」

そんな俺の問い掛けに対して楊奉は憤怒の表情を浮かべながら答えてくれた。

「貴様が大将軍を殺した所を見たと言う密偵が現れてな!お前さえいなければ大将軍が死ぬ事など無かったのにな!」

その発言に驚きを隠せない様子の呂布。

(そんな嘘を信じる奴がいる訳ないだろう……)

そんな俺の気持ちなどお構いなしに楊奉は呂布を睨みながら言った。

「俺が許せないのは貴様だ!曹遠殿を討伐し、あまつさえ大将軍となるなんて許せん!」

そんな楊奉の言葉に呂布は真剣な顔で答える。

「俺だって何も考えずに大将軍を殺した訳じゃないんだぞ」

そう言うと呂布は、この黄巾党討伐に向けての気持ちを楊奉に語り出したのだ。

(ああ……これは長くなる奴だな)

そんな俺の予感は見事に的中し、日が傾くまで呂布と楊奉は熱弁を交わし続けたのだった。

俺は話が熱くなり続ける呂布を見て内心呆れていたのだが、その熱の入れようは半端ではなくて……本当にこの戦に勝利したいんだなって思う程だった。

そんな呂布の話が終わる頃には既に日は傾き始めていたので、とりあえず疲れた顔をして呂布が言った。

「とりあえず話をするのは明日にしよう……」

そんな言葉に俺と李儒は賛同するしかなかった。

翌日、俺達は改めて楊奉と今後の事について話し合わなくてはならなくなったのだが……集まったのは俺と呂布と段珪だったのだが楊奉がいない事に違和感を感じている様子でもあった。

だが、そんな空気を一切読まない人物が李儒の元に現れたのであった。

「やはり太師様と仲違いをしていたのでは無かったのですね!」

そんな嬉しそうにしている楊奉に呆れた様子で呂布は問い掛ける。

「お前……何しに来たんだ?」

その質問に楊奉は満面の笑みで答える。

「俺は呂布将軍と共に戦ってみせる事に決めたぞ!」

そんな楊奉に対して段珪も答える。

「私としては優秀な将軍が増えて大変ありがたいです」

そんな段珪に対して楊奉は偉そうに答える。

「当たり前であろう、俺の弓の腕を知ればすぐにお前よりも上だと言う事が分かるだろう!」

自信満々の楊奉であったが……後にその弓の才能が露見してしまい李儒を落胆させる事など誰も予想してなかったのである。

とりあえず話が進まないので俺は強引に会議を始める事にしたのだ。

「そもそも張角達の動きは?」

その質問に段珪が答える。

「当初、我々に帰順を望んでいた張宝、張梁兄弟ですが李洪と言う男の説得により現在は漢中に身を寄せているようです」

その言葉を聞いた呂布は不思議そうな表情をしながら質問したのだ。

「なぜあの者は説得出来たのだ?過去の悪行を考えると何故か納得出来ないのだが……」

俺はその疑問には答える事が出来ないので首を横に振る。

その様子を見た呂布は溜息をつきながら別の質問をしてくる。

「張角の側には誰かいるのか?」

そんな呂布の質問に楊奉が答えたのだ。

「張飛と言う男がいたのですが、その者は前皇帝の劉備に仕官して一緒にこの城の中にいるようです」

その言葉を聞き、呂布は少し考えてから俺達に言った。

「もし黄巾党残党が再び蜂起した際には、彼等は曹操軍に合流する可能性が高いのでその時に対処するぞ」

「分かった」

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