第14話
戸惑うばかりの楊彪をよそに周囲の兵達は呂布を応援するべく二人を囲んだ。
「では呂布よ。覚悟は良いな?」
張済が睨みつけながら言うと、呂布は視線を逸らしながら答える。
「あぁ……まあ、お手柔らかにお願いしたい」
その言葉に張済の表情が怒りに変わったかと思うと突然剣を振り下ろした。
しかし呂布はそれを見切っていたのか軽々とかわすと間合いを取ったのである。
張済にしてみればあまりに間抜けな空振りであり、その表情をさらに険しくさせる事になった。
その様子を見ていた呂布が首を横に振ると構えを解いて言う。
「駄目だな。そのような振り方では相手に当てられんよ」
そんな呂布の姿を見て張済は恥辱で震えていたのだが、それに気付いた周囲の兵達の中から呂布に怒りの言葉を投げつける者が現れる。
「張済様は貴公如きに指南を受けずとも勝てる!この様な勝負、すぐに終わらせてもらおう!」
それを聞いた張済が振り返ると、そこに立っている男の顔を見て唖然とした。
「まさかお前は?」
その聞き覚えのある声と容姿から張済にはその人物が誰なのかすぐに分かった。
そこにいたのは楊彪である。
「ほほう、これは面白い事になっておるな」
楊彪はそう言って笑みを浮かべると二人の元にゆっくりと歩いてくる。
その様子を見て呂布が慌てて跪くと、その様子を見た張済も剣を下ろして跪いた。
「どうだ?これより俺と一騎打ちをするのは?」
そんな事を言い出す楊彪に張済は立ち上がり反論しようとするのだが、楊彪の視線は呂布に向けられている。
「これから俺の指示に従ってくれるか?」
楊彪のその言葉に、呂布は迷わず答える。
「太師がそうせよと仰られるのなら」
それを聞いた楊彪は満足そうに頷くと周囲で見ている兵に向かって大声で命令を下す。
「これよりこの者と俺との一騎討ちを始める!一騎打ちを見届けた者はこの戦いの勝者に従う様に!」
楊彪の大声に兵士達は動揺と興奮で喜びの雄叫びをあげる。
「さて、これでこの者も断れまい?」
そんな楊彪の言葉に張済が顔を強張らせて言う。
「お待ちください!私も呂布が怪しいのではないかと考えております!この様な決着では納得がいきません!」
そんな張済の言葉などまるで聞こえていないかの様に楊彪は腰にぶら下げている剣を抜いて呂布に差し出したのである。
「これは?」
状況が理解出来ない呂布が訊ねると楊彪は言った。
「お前の勝ちだ。これは俺からのささやかな礼だ」
そんなやり取りを固唾を呑んで見つめていた李儒は張済を手招きすると耳打ちをする。
「あの男は私の想像した通り、ただの武人でしたな」
それを聞いて張済は一瞬笑みを浮かべたのだが、すぐに顔を引き締めると頷き言う。
「うむ……この事を利用しなければ」
そう言うと周囲を取り囲む兵達に命じたのである。
「この一騎打ちにより呂布は我らの味方となった!我らはこの者を全面的に支持するぞ!」
すると、その言葉を聞いた兵達は大きな歓声を上げる。
「では張済様……どうか心置きなく戦っていただきたい」
李儒がそう言うと張済は笑みを浮かべる。
「分かった……」
そんな会話が終わると、これから始まるであろう激闘を思い周囲を取り囲んでいる兵達は胸を高鳴らせた。
そんな中で二人だけは冷静だったと言えるだろう。
楊彪が剣を構えると呂布もそれに従う様に自分の武器を構えたのである。
その様子を見守る兵達から大きな歓声が上がる。
先に動いたのは張済だった。
呂布の元へ走り込み下からの剣を振り下ろすのだが、呂布はそれを軽く後ろに飛び退くとそのまま低い姿勢で剣を突き出してきたのである。
その切っ先を身を反らせて避けた張済はそのまま後方転回をして起き上がると再び剣を振るう。
だが、その剣は呂布にあっさりと避けられてしまいさらに張済の足元に向けて呂布は剣を振り下ろした。
それは寸でのところで張済が後ろに飛び退いたため当たらなかったものの、しかしバランスを崩した事で次の攻撃を避ける事は出来ない体勢である。
その体勢で張済は剣を両手で握って頭上高く振り上げて叫んだのである。
「者ども、今だ!呂布を捕えよ!」
その叫び声と同時に呂布を囲っていた大勢の兵士達が呂布に飛びかかってきた。
ある者は体を押え込み、ある者は体を持ち上げて動かなくさせてしまうと、あっという間に呂布を縄で縛り始める。
「んんっ……縛り方……」
呂布が苦悶の声を上げると李儒が頬を赤らめて呟いた。
「う~ん、悪くないです」
そんな二人の行動に張済は怒り心頭の表情で叫ぶ。
「何をしているか!何をしているか!さっさと斬り捨てるなり矢で射貫くなりしろ!」
しかし兵達は誰一人として呂布を斬る事も射る事もしなかった。
その理由はその呂布奉先が目を潤ませて息を荒げているからだ。
「ひゃ……んん……この縛り方……やめてほしい」
縛られて全く身動きが取れない状況で呂布はそう言葉を漏らすが、それを聞いた者達は顔を真っ赤にして一斉に視線を逸らした。
そんな様子を見ながら楊彪と張済は頭を抱えて言ったのである。
「呂布の奴……まさか?」
「いや、考えすぎでしょう」
そんな二人の会話を聞きながら李儒は言った。
「そうですか?私には分かるのですがね……」
そんな会話を聞いている中、遂に張済は確信した表情を浮かべると大声で叫ぶ。
「皆、良く聞け!この者は呂布奉先などではない!この者は董卓軍の間者であり楊彪様と呂布奉先を貶める事が目的だったのだ!」
その言葉を聞いた兵達は動揺を隠せず目を泳がせた。
「何言って……俺……呂布奉先だってば……んんっ」
呂布の言葉を聞いた兵士達の中から怒号が放たれた。
「呂布奉先を何処にやった!」
そんな声に張済は笑みを浮かべる。
「そうだ!その怒りの声をあげろ!悪しき董卓を倒すのだ!」
そんな張済に李儒が言った。
「残念ですね。これは少し考えても良かったのですが……あまりにも動きが速かった」
「だがこの男……かなり唆る……身体付き」
「この縛り方だけはやめて欲しいんだけど……身体のラインでるから特に……ひゃ……どこ触って」
俺は身体を他の男に触られ変な気分になる。
「え?全部俺かよ!?」
そんな俺を遠巻きに兵達が見ている。
そんな中、李儒は頭を抱えて嘆く張済に言った。
「兵達に真実を教えてやるべきです」
それに対して張済は強く首を振る。
「いや!それはならん!」
しかし、李儒は首を横に振って答えた。
「これは呂布殿の為……ではなく国の事なのですよ」
「せめて縛るのはやめてよ」
「いやぁ……この縛り方だといい身体してるって分かるからそれにしてもらった」
「(へ、変態いる!?)分かったけどそろそろ解いてよこれ」
李儒は頷くと兵達に向かって言う。
「あれは董卓軍の間者なのです!今は奴の命令に従っているフリをしているのです!」
そんな李儒の言葉を聞いた兵達は青ざめた表情で呂布を見る。
その視線の先には縄で縛られて、息を荒げて身体をいやらしくくねらせている呂布奉先(俺)の姿があった。
そんな姿を見て兵達は一人、また一人と視線を戻していったのである。
その様子を見た張済は
「呂布将軍……触ってもいいですか」
と言って来たが俺は顔を背けて答えた。
「触ってもいいって……何もよくないから」
俺はやっとの事で縄を外されると、すぐに身体中の汗を拭った。
そんな俺に李儒が真面目な表情で言う。
「呂布殿にお願いがあります」
「何だよ?お願いじゃなくて命令だろ?」
俺は汗を流し終えると服を着ながら答える。
「……え?何で私の言葉が分かるのですか?」
李儒は目を丸くして訊ねたので、俺が説明しようとするとそこに張済が割り込んできた。
「良いところに来たな!これで勝利は我が陣営に傾こう!」
目を輝かせながら言う張済だったが、そんな張済の様子に俺は首を傾げる。
「え?どういう事?」
俺はまだ何も言っていないのにと不思議に思って訊ねると、それに答える様に李儒が答えたのである。
「呂布殿は太師のお力により私と言葉を交わせる様になったのです」
その言葉に張済は首を傾げると李儒を見て言う。
「なるほど!流石は太師!」
しかし、俺もその言葉が信じられず口を挟む。
「え?本当に?」
すると今度は李儒の方が不思議そうな表情で俺に訊ねた。
「おや?先程より言葉が通じやすくなっていませんか?」
その質問に俺は首を傾げる。
「そう言えば」
「ほうほう……これは良い事を聞き出せたかも知れん……」
張済はそんな事を呟き、そして俺に向き直って言った。
「呂布よ。よく聞くがいい」
その態度を見て俺は眉を顰めるが、ここで機嫌を損ねては元も子もないと思い我慢をする。
「実は……」
張済の話に俺達は驚愕する事になるのである。
その日の晩、呂布は用意された寝床の上で今後の事を考えていた。
そんな時に扉が軽く叩かれる音がする。
(まさかこんな時間に?)
呂布が扉の方を見ると鍵は閉まっていたので、そのまま無視して寝ようとしたのだが。
「おい、私だ!」
その声を聞いて呂布は慌てて扉に駆け寄り開けると外に立っていたのは張済であった。
「こんな夜中にどうしたんだ?」
俺が聞くと張済は言う。
「少しお前に話がある」
俺は溜息をつくと仕方なく中へ招き入れると、そこには何故か曹操軍の者も来ていたのである。
(え?どうして曹操軍の者がここへ?)
俺が不思議そうな表情で見つめていると張済は渋い顔で答えた。
「董卓の所に潜り込ませていた間者だ」
「はぁ!?」
俺はあまりの事に大声を上げてしまうと、それに気付いた兵士達が一斉にこちらを向く。
(やばっ)
呂布は慌てて手で口元を押さえると静かにしろと言わんばかりに張済は首を横に振ったのである。
(なるほど……この事か……)
そんな俺の様子に構わず張済が小声で話を進める。
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