第12話
呂布が感心したように言うと奉先は敵兵の動きを見て頷く。
「確かに、そのつもりのようだな」
そんな奉先の言葉を聞きながら陳宮は作戦を説明し始めた。
「おそらく敵は陣形を崩して散り散りになった所から狙い撃ちにされるのを警戒しているでしょう。ですので我々はあえて密集して敵に攻撃する姿勢を見せて移動しましょう」
呂布はそれを聞くと奉先に一度視線を向けて頷くのを確認した後、兵に叫ぶ。
「よし!全員敵陣の中に突っ込んで敵将の首を取ってくるぞ!」
「おお!!」
呂布軍が左右に分かれながら黄巾党の部隊に向かって突き進むと、敵の部隊は陣形を崩さぬまま移動を開始した。
それを見極めた陳宮は近くにいた部下に小さな石や投げ物などがないか確認させると、直ぐに迎撃態勢に入った敵に対し奉先に向かって大声で言った。
「今こそ好機です!将軍の思うままに突撃されよ!!」
「よし!」
奉先を先頭に呂布軍は黄巾党の部隊に突進した。
突然の奇襲に混乱した賊軍の隊列は次々に崩れ始め、間もなく崩壊しそうになった時に李粛は馬から降りると戟を振り上げて言った。
「突け!!」
同時に奉先率いる呂布軍がその混乱の中に向かって突撃してきたのである。
呂布将軍自ら突撃してくるなど予想もしなかった黄巾族の兵は動揺しながら混乱し、更に呂布将軍の部隊の精鋭部隊は黄巾党の主力が率いていると知るや呂布将軍の指示を待たずに一斉に襲い掛かってきたのである。
こうなってしまっては混乱していた黄巾党の士気はさらに低下してしまい、逆に奉先軍は上がる一方となった。
「うぉおおお!!!!」
掛け声と共に振り下ろされる奉先の戟による斬撃で一刀両断にされた賊の亡骸が次々と倒れて行く中、先頭を切って戦う奉先の側に一人の英雄が立っていた。
黄巾族の兵の一人が奉先に向かって斬りかかったが、奉先の戟で持っていた武器を弾き飛ばされるとそのまま奉先の方天画戟が喉元を捉えた。
「見事なお手並みですな」
一人の年老いた剣士は奉先に向けて拱手しながら言った。
「お主もさすがと言った所だな」
そんな二人の会話を耳にした李粛は思わず驚きの声を上げる。
「おお!?もしや奉先将軍!!」
そんな李粛の姿を目にしてその老人も目を大きく見開くと李粛の目の前に走り寄り拱手すると言った。
「これは、李粛将軍ではございませぬか!」
「やはり陳珪殿でしたか?」
奉先が戟を陳宮に渡すと笑顔で答える。
「いやぁ、お久しゅうございますな」
そんな奉先の言葉に陳珪は苦渋に満ちた表情を見せると言った。
「しかし……不甲斐ない限りです。呂布将軍はかつての山賊であられた私を受け入れて下さった御方。そしてそのおかげでこうして将軍の配下となり共に戦えるようになったと言うのに、将軍を窮地に追い込んでしまった事が悔やまれてなりませぬ」
陳珪の言葉を聞いた奉先は小さく溜息を吐くと言った。
「陳珪殿、私と貴方がこの様な場所で出会うというのも何かの縁だ。黄巾党が何故ああなったのか聞かせて欲しい」
奉先のそんな真剣な表情を見て何か感じるものがあったのか頷くと陳珪は口を開いた。
それはまるで自分が見ていた光景とはかけ離れたものだった。
そもそも奉先、奉先と皆が騒ぐので話の中心は呂布将軍だとばかり思っていた陳珪にとって、彼の横に立つ奉先の存在など言われるまで気付かなかったくらいである。
そんな奉先の存在が知れ渡ったのは少し前の事だった。
その奉先が軍を率いて武関から遥か南東に離れた土地に攻め入り、数多くの賊を成敗したと言う噂は呂布の武勇と共に黄巾軍の中で広まっていたのである。
陳珪は呂布将軍に従って北の地を目指したが、道中は苦難の連続であった。
しかし彼はそれを楽しんでもいたのだ。
しかし……ある日、彼が所属していた部隊が襲われて壊滅状態に陥ってしまったのである。
しかもその時に部隊は王允の手の者から十万もの黄巾党員を引き連れていたにも拘らず、奉先に撃退されてしまった為、もはや勝ち目が無いと確信した王は陳珪を騙し討ちにして葬り去ろうとしたのだ。
そんな絶望の中で彼を救ったのは、共に戦った彼の部下達や彼に同調した兵達の後押しであり、陳珪はその軍勢を率いて北へと逃げ延びた。
その後、南陽で呂布軍と黄巾党の将・韓ついに出逢った陳珪は二人を黄巾党に引き入れると、丁度その地で戦っていた奉先達が王允討伐の兵を挙げたのを知って己も同道したのである。
しかし南陽までの道中は苦難の連続であった。
先に呂布軍と合流を果たした陳珪であったが、まず最初に何をしたかと言うと自分と配下の兵達をかき集め、即席ではあるが二百程の部隊を編成したのである。
この時、黄巾党は数万の規模になっていたが、本来の姿は一千をやっと超える程度の規模でしかなかった為、陳珪はそこに数千人規模の別働隊を構成していたと言える。
そんな彼が何故こんな無謀な真似が出来たといえば、王允に信頼されていなかったからというのもあったが、一番の理由は曹操軍が本気で自分を討つつもりは無かったという事である。
奉先という指揮官が王允の喉元に届くほど接近してきた事を知った曹操は、この期を逃さず黄巾党を叩いてしまおうと言う狙いだった為、陳珪の動きは寧ろ逆鱗に触れる行為だったのである。
しかも陳珪が率いていた部隊は精兵揃いであり、黄巾党の主力と言っても過言ではない程に強かったのだが、何故かその軍の雰囲気が悪く、部隊長であった陳珪は部隊員達の士気低下の責を負わされ、そして曹操軍の別働隊に攻められて部隊は全滅してしまったのである。
その後は陳珪が率いていた軍では王允を暗殺する事は不可能に近いと判断した奉先は自ら囮となって王允の討伐を果たし、その後で王允の城へと乗り込むと何万人もの兵を残して城門を開けたのである。
それは曹操に対する見せしめる為であり、同時に軍勢を率いてここに来れば捕虜となった王允の家族は殺すと曹操に釘を刺す為でもあった。
そこまで聞くと奉先は陳珪に言った。
「陳珪殿、私は呂布将軍を見込んだ。それだけの器量の持ち主ならばこの乱世を鎮められるだけの器量を持っていると思うのだ」
そう言われて陳珪は自分の死を覚悟すると共に心を強く持とうとした。
その時、彼は以前と同じように李粛が自分に向かって拱手している姿が見えた。
そして李粛の両目からは大粒の涙がこぼれ落ちていたのである。
その姿を見ると陳珪の胸に熱い物がこみ上げて来た。
そんな奉先の言葉に呂布は静かに頷くと陳珪に向かって言った。
「陳珪殿、貴方はこれからどうするつもりなのだ?」
それに陳珪が答えると呂布は少し考える様子を見せながら言う。
「ならば俺達と共に来ないか?陳重殿達もきっと協力してくれるはずだ」
奉さきの言葉に一瞬驚いた陳珪だったが、自分に何が出来るのだろうとも思い直し頷くと奉先に拱手した。
「是非とも宜しくお願い致します」
陳珪がそう言うと奉先は笑顔で頷いたのだった。
呂布軍が黄巾党を討伐する為に兵を挙げた時、各地でも火種が燻っていた。
長安には相国である董卓が軍師として何太后の警護に当っているのだが、肝心の何太后が街に繰り出して豪遊しては無一文になるまで飲み食いして帰って来る事を繰り返した為、董卓は苛立ちを覚える一方であった。
更に相国として何太后の補佐をしなくてはならず、呂布と共に出陣する事すらままならないと言う有様だった為、そのせいもあってか何太后との関係は非常に悪化していた。
長安から南に離れた地にある会稽郡の太守である楊彪もまた同じような理由で不満を募らせていた。
南陽郡は現在、袁術が治めている領地だが黄巾党の勢いは増す一方で、治安が乱れた南陽で楊彪はその処理に追われていたのだ。
袁術が州牧として赴任してから楊彪は日々忙しさに追われ、疲労困憊していたが、ここ最近になってようやく平穏な日々を取り戻しつつあった。
そんなある日の夕方の事である。
楊彪の元へ一人の男が現れたのである。
男は劉焉と名乗ったが、当然その名前を楊彪は聞いた事が無い為、対応した者が誰だか問うと袁術の使いの者だと言う。
楊彪はすぐに謁見の間にて迎えようとしたが、劉焉は宦官だからと言う理由で屋敷の門の前で待つと言ってその場を離れた。
その夜、屋敷に訪れた劉焉に楊彪は食事を勧めながら質問する。
「この様な時間に一体どの様なご用件で?」
すると劉焉が申し訳なさそうに答えた。
「袁本初公よりの命を伝える為、馳せ参じた次第です」
「は?袁本初殿?」
楊彪が首を傾げると劉焉が言う。
「左様。近々、当家と袁本初公は同盟を結ぶ事になるでしょう」
唐突な言葉に驚きの表情を浮かべた楊彪に、劉焉はさらに驚くべき事を言い出す。
「その際、長安にて太守の役職に就いておるそなたには我らに協力する為に董卓討伐に行って欲しいのですが如何か?」
そんな申し出を聞いた楊彪は笑うしかなかったと言う。
「ハハハッ……これはまた愉快な冗談だ。いや、実に面白い」
楊彪の反応を見た劉焉は薄い笑いを浮かべながら言う。
「この様な重大な冗談を言う訳がありませんな。我が主の本気度をお疑いならその目でしかと確認してみてはいかがでしょうか?」
劉焉の言葉を受け楊彪が問うと、劉焉は屋敷より少し離れた所を指さして言った。
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