第11話
その命令を聞いた張飛は露骨に嫌そうな顔をすると、それに気付いた関羽は一言言う。
「何か文句があるのか?」
凄味の聞いたその声にさすがの張飛も慌てた様子で首を横に振る。
「い、いえ!勿論行きます!」
そんな様子を見ながら劉備が趙雲に問いかける。
「徐州からの援軍の方はどうなっている?」
それを聞いた趙雲は思わず答える。
「あっ!はい、それが……ふぐっ?!」
そんな趙雲の足を関羽が力一杯踏みつけると痛みに耐え兼ねた趙雲は涙目になりながら慌てて言う。
「その事は徐州の張飛殿も交えて話し合いたいので、ご同行願います」
そんな劉備と趙雲のやり取りを見ていた張飛は思わず安堵した様に口元を緩める。
「そうか、しかしそれはそれとして兵を整えてから城へと戻るとしよう」
劉備のその言葉に関羽は賛成する様に頷いたのだった。
こうして呂布率いる本軍は急ぎ成都へと引き返したのだが、劉備が戻る少し前に激怒した劉備の夫人から一通の書簡と贈り物を受け取った関羽はその内容を目にして青ざめていた。
「だからあの様な事を言うべきではないと私は言ったのです!だいたい何ですか?!奉先の武勲より私の武勲の方が大きいですって?殿の武勲など吹けば飛ぶ様なものです!!」
「り、李粛!!落ち着いて!落ち着いて!」
そんな呂布の言葉を無視した李粛は周りにいる者達に聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
「なんであんな事を言ったんでしょう私は……あり得ないくらいに恥ずかしいわ」
完全に不貞腐れてしまった李粛の機嫌を取る事が出来ず、呂布は困り果てていた。
そんな時、魏続が馬を走らせてやって来て、曹操軍の元に到着した陳珪からの使者だと言うと、関羽は書簡に目を通して大きくため息を漏らす。
それを見た奉先が不思議に思ったのか尋ねると、関羽は苦笑いを浮かべながら言う。
「ふふふ……お恥ずかしい話なのですが、どうやら陳珪将軍に我らの失態を全て見られていた様なのです」
その書簡の内容はというと、奉先に対する陳珪の評価を裏書きするもので、曹操軍の奉先に対する評価の低さにはガッカリしたと言う内容だった。
呂布は少し不安な表情を浮かべながら言う。
「な、何と言えば良いのか……」
そんな呂布の肩を優しく叩いた李粛は呂布に微笑みながら言う。
「奉先殿、ご安心ください。陳珪将軍も仰っていましたが、郭嘉と言う方を侮ってはいけません」
そう言う李粛の目を見ながら奉先が首を傾げると李粛は言った。
「彼はかなりの切れ者だと曹操様はおっしゃっておりました、その郭嘉という男がそう言うのであれば太守の息子の裏切りや黄巾党の賊どもにも何かあると見て間違いないでしょう」
そんな二人の話を李粛と共に聞いていた魏続が不思議そうに首を傾げながら言う。
「しかし、それでもやはり奉先様の武勲の方が大きいと言う事は間違いないと私も思うぞ」
「当たり前でしょ、それは間違っても有り得ないわ。やっぱりどう考えても殿の武勲は素晴らしくて最&高よ」
そのやり取りを見ていた呂布は思わず苦笑してしまっていた。
曹操軍の本拠地である陳留郡に帰還して数日後、李儒の元に郭嘉がやって来ていると知らされた呂布は李儒の執務室に出向いた。
そこで郭嘉との再会を果たした呂布は軽く拱手する。
そんな郭嘉に挨拶をし終えた呂布だったが、そう言えばという表情を見せながら李儒に聞いた。
「ところで奉先将軍は戻っておられるのか?」
そう尋ねられた李儒も少し困った表情を浮かべながら答える。
「実は、つい先程も陳珪殿より書簡が届きまして……」
「奉先殿に何かあったのか?」
そんな呂布の問いかけに李儒は苦笑いを浮かべながら言う。
「いえ、実は将軍が率いていた軍の大部分を残して帰ってしまった様なのです」
その報告を聞いた呂布は思わず驚きの声を上げると、続けて郭嘉が言う。
「私も陳珪様から話を聞いて驚いてしまいまして、本来ならば急ぎ漢津へと向かおうとしたのですが伝令によると既に漢津には向かわずに成都に戻っておられるとかでして……」
そこまで言うと郭嘉は呂布の方を見て言う。
「ご自身の目で確認された方がよろしいかと思いますので、同行して頂けますか?」
呂布はそれに同意をしめすと李儒に拱手して陳留郡を後にした。
ちなみに陳留郡に向かう時は奉先と奉先の兵士達だけだったが、今回は呂布軍と成都に向かう黄巾党という大所帯での行軍である。
さすがに全員というわけには行かず、奉先と呂布は一緒に行動し黄巾党を率いる代表格の人物一人がその二人に同行する事となった。
陳留郡と漢津を結ぶ道は全て黄巾党の配下や流賊などが占拠しており、ほとんどが山賊の住処になっていたため一行は一路迂回して漢津を目指したのだが、険しい山岳地帯を越える際に山賊に襲われ行軍速度を落とす事となる。
それを見ていた奉先は顔を顰めて言った。
「武人であるというならば山賊などにならぬように心掛ければ良いものを……威張り散らす為だけに山賊となるなど片腹痛い」
奉先がそう言うと郭嘉は苦笑いを浮かべながら言った。
「あれではどっちが賊なのか分からないという事でしょう」
陳宮の予測通り、黄巾党の内情はかなり酷かった。
土地の者たちは彼等を怯えて見つめるだけで抵抗しようとはしなかった為、ほとんど血を流すことなく山道を乗り越える事が出来たが、それでも山道の途中で休憩を取らねばならない状況は避けられず、山賊たちに黄巾党の旗が見えると大騒ぎをして騒ぐので迂闊に道を進む事も出来ずにいた。
山道を進みながら奉先は言う。
「このような状況では到着も遅れるのではないか?」
その言葉に李儒は肩を竦めながら言った。
「私もその様に考えています」
そんな一行の前に今度は道を塞ぐように数人ずつの騎馬が立ち塞がったのである。
それを見た奉先は李粛に向かって言う。
「奉先、かかれ」
呂布軍の兵たちが騎馬に向けて突進を始めると、奉先も馬を走らせた。
それを見た相手の騎馬隊頭らしき男が奉先に叫ぶ。
「これ以上先には行かせぬぞ!」
しかし奉先は慌てる事も無く右手に持つ方天画戟を振り回しながら威嚇するように言う。
「呂布の武名を知って居て喧嘩を売るとは良い度胸だ」
その言葉に李粛が頷くと先頭を切って敵に突入していく。
「おお!!李粛殿はやはりお強い!」
郭嘉は李粛の強さに興奮気味に言うが、奉先は平然としている。
「彼は怪力の持ち主だからな」
呂布がそう言うとその隣では陳宮も平然としており、奉先の軍師の役割を果たしている陳宮にしてみればこれは見慣れた光景でしかないのだ。
そんな二人は先ほどから聞こえてくる仲間であるはずの黄巾党の兵たちの叫び声の方に注意を払うと、敵の半分程が討ち取られ呂布軍の優勢が見て取れた。
「くっ!!このままではまずい!一旦引くぞ」
そんな相手の騎馬隊頭の言葉に部下達は馬首を巡らせると森の中へと退避していったのである。
すると陳宮は首を傾げながら言う。
「あの男、何か変だったな……」
それを聞きつけ呂布が訊ねるように顔を向けて来たので陳宮は言う。
「あの男は退却するように見せかけていただけだったように思える」
そんな言葉に奉先が不思議そうに言った。
「あのまま呂布軍と戦い続ければ自軍の兵をより多く失うというのに、何ゆえ退却すると見せかけたのか?それが奉先には納得出来なかったのか?」
奉先の言葉に陳宮は頷くと続ける。
「あの男はわざと自分が不利になるような退却の仕方をしたが、普通なら我等が怯んで逃げ出してしまうくらいの勢いで向かって来たのだし、おかしいと思ったのだ」
言われてみれば呂布も不自然だと感じたのは事実であり、そして逃げる素振りを見せながら部下達を逃がした所を見ると、そのような事をするようには思えなかった。
するとその時、後方から山賊に襲われていた味方の軍が迂回して戻ってきた。
「我等にも助勢させて下さい!」
そんな李粛の言葉に呂布や奉先達が頷くと再び黄巾党との戦いが始まったが、敵は素早い動きで巧みに呂布軍の行く手に立ち塞がり攻撃を仕掛けて来る。
さすがに戦慣れしているというべきなのか、こちらが思うように進めない事に苛立ちを感じた呂布が陳宮に向かって言う。
「どうする?」
すると陳宮はいつものように考え込みながら言った。
「そうですね……呂布将軍、少し危険な策となりますので反対されるかも知れませんが……」
そう前置きをすると続けた。
「今の戦況を打開するには敵の大将の首を取れば良いと考えますが、いかがでしょうか?」
そう言われた呂布は少し驚きはしたものの笑みを浮かべて陳宮に言った。
「分かった。ではその任を奉先に任せよう」
陳宮も呂布の言葉に頷き返すと奉先の方を向いて言う。
「将軍、敵は形勢不利と見るや大将が討ち取られぬように陣形を崩して逃げるでしょう。その時こそが敵の将の首を取る好機です」
そんな陳宮の言葉に奉先が頷くのを見て呂布は目を細めながら言った。
「さすが軍師だな。その作戦ならば敵将も逃がしてしまう事も無いだろう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます