「生」を感じない
生後33週という週数は、元気におぎゃあと生まれる場合もあれば、全く呼吸をしていないこともある。どうやら今回は後者だったようだ。
通常、赤ちゃんは生まれてから「おぎゃあ」といううるさいほどの産声のお陰でしぼんでいた風船のような肺が、一気に膨らみ、肺呼吸を始める。つまり泣いていないということは、呼吸をしていないということ、言い換えれば何もしなければそのまま死ぬ、ということを意味する。
人工呼吸器がなかった時代、このような子は生きることができず、静かに死を待って埋められていたのだろう。しかし今の時代、助けられなければ医療ミス、下手すれば裁判にだって発展しかねない。
それ以前に目の前にある一つの命が自分のせいで消えてしまうかもしれない、抱えきれないほどの重責が今、私の手に委ねられたのだ。
生まれてすぐの赤ちゃんは羊水で湿っており、胎脂とよばれる白い脂でまみれている。そのべっとりした赤ちゃんが、全く泣いておらず、ぐにゃりとした状態で私の前に、ほい、と置かれた。
この存在は一体なんなのだろうか、これが本当に「命」なんだろうか、そう思わせるほど目の前の存在から「生」を感じるとることはできなかった。
私は急に怖くなった。
何度か経験を積んでいればまだしも、その時はまだ医師になってまだ経験も浅く、一人でここまでの対応をしたことはなかった。先輩の医師は別件でしばらく駆けつけることはできないことがわかっている。
もちろんやることはわかっている。挿管とよばれる、気道に人工呼吸器のチューブを入れさえすればあとは外から押してあげれば呼吸はなんとかなる。
しかしもし失敗したら? 目の前の赤ちゃんは今すでに呼吸が止まっている。着々と死に向かって滑り落ちているこの状況で、私が手間取れば手間取るほど赤ちゃんは死の淵へ落ちていき、最終的にはは死ぬ。誰の助けも得られない。
私の緊張の針は一気に最大限まで振り切れた。
それはあたかもアクセルベタ踏みでも足りないくらい全力でペダルが踏み込まれるように。
そして振り切れた針が、パチン、と音を立てて壊れた。
緊張が限界を超えたのである。
限界を超えた瞬間、不思議なことが起こった。
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