第11話 苦味の切先


「有名人とかに会いたくってぇ……」


ナギはふと思う。

誰がミユキの謎の力の話を広めているのだろう、と。

そしてすぐに思い至る。

ああ、新校舎で活動している美術部員たちがいたな、と。


「似顔絵、ね……苦手なのよ、わたし、似顔絵というよりも、人物画全般が……」

「どうして?あ、じっと見るのも見られるのも嫌いとか?」

「それもあるけれど……だって、億が一にでも……出てきたら、嫌だもの」


ああ、そうか。

至極単純かつ最もな理由だった。


「あと、たぶん……人間を出すことは、よっぽどのことがない限り、絶対に無理だとわかるのよ、わたし」


絵が出てくるのは、ミユキの愛によるものだから。

魂を震わせたものだけが力を与えられるであろうから。


人間じゃあ、それに値しないのだろう。

確信できるほど、絶対に。


「だからごめんなさいね、そのお願いだけはきけないのだわ」


女子生徒はつまらなさそうに頬を膨らませて帰っていく。

ああ、ああ、ああ。

見ててわかるほどに、ミユキが顔を曇らせた。

横から見ているだけだったナギだって、気まずさや何か苦いものを感じたくらいだ。

あれほど鋭いミユキなら、もっと濃縮された何かを感じたのだろう。


「……こんな時ね、わたし、思うことがあるのよ」

「うん……」

「わたしの絵って、なんのために描いているのかしら、って」

「…………うん」


ぽつり、ぽつり、曇天を貫く雨粒みたいに。

誰を標的にしたわけでもない苦い雨が、ぽつりぽつりとこぼれ落ちる。


「催し物があれば描かされて、人と違うからと描かされて、わたしができるだろうからとまた描かされて……わたしがわたしのためだけに描いてはいけないのかしら」


ナギも、少し前まではそうだった。


「……私、ピアノより歌う方が好きだったんだけど……弾けるとさ、何かある度伴奏に追いやられちゃうんだよね……だから文化祭の合唱コンクールとかもさ、あんまり……仲間外れみたいだなって、勝手に思ってた……関係ないかもだけど」


ちいさな頃から同じピアノ教室に通っていた幼馴染とも、とうとう9年間同じクラスになることはないまま、卒業してしまった。

彼女はその後、音楽を専門的に学ぶためにこの田舎町を去っていった。


「一度くらい、音楽を抜きにして、くだらない毎日を一緒に過ごしてみたかった」


ああ、言わなきゃよかったかな。

でも、言わずにはいられなかった。

だって、それが叶えられる今になって……。


「ナギさん……ねがいごとって、どうしていつも、願う必要がなくなってから叶ってしまうのかしらね」

「……そうだね」


ふつうとちがうことがあると、どうしてそれをしなければならなくなるんだろう。

自分でなく、ふつうのひとの望むままに。ふつうの誰かの求める通りに。

クッキーの型抜きでもするかのように、思い通りに削られようとしてしまう。


「それでもわたしたちは、それらをあきらめられないのね」


救いようのない。


そういってミユキは筆を洗った。

何度も何度も、床にきれいな色の水たまりができるまで。


(そうだよミユキ、私たちはきっと、それらをあきらめられない)


拗ねることはできても、捨てることはできない。


それをなくしては生きられない。

それをなくした状態でのたうつ様を、生きているとは呼べないのだ。


ともすればリズムを刻もうとする足のように。

ともすれば踊るように夢を描き出そうとする指先のように。

呼吸にまぎれて歌おうとする喉のように。

鼓動にまぎれて彩ろうとする腕のように。


魂レベルで、それとまじりあって生まれてきたにちがいないのだから。

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