第5話 やっぱヘンなヤツ



「ナギさん、少しよろしい?」

「……いいけど、なに?」


その日ミユキは珍しく、いや、初めて放課後以外でナギに話しかけた。

期待に満ちた友人たちの視線を背中に受け、人気のない階段の踊り場へ。


本当に意外だった。ナギは自分たちは特に仲が良いワケじゃないと思っていたし、それはもちろんミユキの方でもそう思っているのだろうと、もしくはそれを、その空気を察して話しかけてこないのだろうと思っていたから。


「どしたの」

「……わたしね、今朝とても不愉快なことがあったのよ」

「へぇ」

「でも己が何に対して不愉快だと感じたのかがわからなかったの」

「不器用な人間だね」

「ナギさんなら人間の感情の機微に敏いかと思った次第であります」


ミユキは珍しく狼狽え、ここへ来るまでもぶつかったり転んだりしていた。

ナギはふと思い出す。そうだ、放課後しか一緒にいないから忘れてたけど、ミユキって結構ドジなのだった、と。


「まず……何があったか話してもらわないことにはちょっと」

「ええ、仔細にお話ししますとも!わたしが学校へ来る途中、お荷物から中身がまろび出た学生さんに相まみえまして」

「ほう」

「それで人間として当然の選択をしたのよ」

「当然の選択?」


ミユキは顔を僅かに青褪めさせ、ナギに大きく一歩、詰め寄った。


「拾うでしょう?何も考えずとも体が勝手にそうしたのよ」

「まあ、拾うね」

「でしょう!?」

「う、うん……それで?」

「それを目撃していた無関係な学生さんがこう仰ったの」


ミユキはやや項垂れ、死んだ魚の目をした。

すごい。完全に世の中を見てきたせいで濁っているような目だ。


「そんなに良く見られたいのかよ……ですって!!!!!!」

「あー……そういう人もいるよ」

「言うに事欠いて!!それ!!ですって!?!?」


ナギは複雑な心境に陥った。

あーあ、この子は悪人のいない綺麗な水で育ってきた魚なのね、と。


「ああいう方はきっと彼岸花を手折って喜んでいるんだわ私生活で」

「なんで彼岸花?」

「わたしのおうちのお庭にたくさん咲いているのですが、毎年無残にも手折っていく方々があとを絶たないの」

「……あのさ、前から言おうと思ってたけど、ミユキって結構お嬢様?」

「さあ……そういえば他の御宅に興味を持ったことがないわ」


お嬢様なんだな、とナギは思った。


「私も嫌かな、それは」

「そうでしょう!?なのにあの方はなぜあんなことを!!」

「んー、色々あるんじゃない?」

「色々って!?」

「機嫌が悪かったとか」

「機嫌が悪かったら他人様へ悪い言葉を吐いてもよろしいのかしら?」

「よくないけど……よくなくてもやる人はやるよ」


ナギはしばらく考え込んでいたが、やがて手を叩いてこう言った。


「ミユキはさ、それで悪人に見られた気がしたんじゃない?」

「!!!!!!」


ミユキは、大きな目を更に大きく見開いてふらついた。

顔に「それだ!!!!!!!!」と書いてある。


「そう……そう、そうなの……だって、わたしが当然だと思った行いはその人にとってはわたしの当然に映らなかったわけでしょう?じゃあその人の目にはわたしがどれほどの悪人に見えたっていうのってお話よ!!」

「悪人には見えないわな」

「わたしが他人様の目を気にしてどうこう致すように見えて!?」

「してたら初日からアレはないよなぁ」


周りの人間が見えているのかも怪しいくらいだ。

ミユキにとっては本当になんでもないことだったのだろう。

ものすごくスムーズな動きだったであろうことはわかる。


(本当に絵以外は見えてないんだろうなぁ……)


接しててわかったこと。

思ったほど狂人ではないし、悪人でもない。

ただ、身に覚えのない力を与えられて困っているだけ。


「あとは、その人が自分の何を知ってるんだ、って気持ちになったとか」

「ナギさん……あなたこそ超能力をお持ちでは?」

「まさかでしょ」

「そうなの、わたしとその方は面識もありません、それなのにわたしという人間を知り尽くしたかのような物言いをされたのがイヤ!すごくイヤ!」


ああ、同じようなことで悩んでいるな、とナギは思う。

意外と話せば話すほど分かり合えるのかもしれない。


「じゃあさ、そういう人は私たちを攻撃しに来た宇宙人だと思おうよ、関わるだけムダなわけじゃんか?」

「お待ちを……他の星に住む方々がわざわざ地球の民を攻撃しなくてはならない理由がわからないのですけど」


訂正。

まったく通じ合えないと思った。


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