第50話 再会

 この日は快晴。


 あれから3年経った。

 

 とある結婚式場だ。




 控室に美園みそのがいる。

 家族と少しの友人を呼んだ美園は今日という日を憂鬱な気持ちで迎えていた。

 幸せな日を迎える花嫁というのに。


 父の上司の息子と結婚。お膳立てのための結婚。

 相手の父親の体調のこともあって早急に結婚をしたいと言われたものの、やはり美園にはそれは無理で相手は悪くはないのだが気持ちが追いつかないと言うと追いつくまで待ちます、と辛抱強く待ってくれた婿である。

 それには流石の頑固な美園も心を揺るがされた。

 婿の父親は残念ながら亡くなってしまったったことには申し訳ないと思いつつも亡くなる前に息子をよろしく、と言われて美園は結婚を決意した。



「花嫁さんが浮かない顔してるね」

 とヘアメイクを担当するらい。もちろんこれまでの美園が結婚する前の経緯を知っていない。だから浮かない顔をしてる、と聞かなくても知ってはいるのだが。


 150センチもない美園、180センチ超えている來。着付けしにくくないだろうかと思いつつも手際よく着付けをしてくれる。前撮りの時も他の女性スタッフよりも手際がよかったことを美園は覚えている。

 男性だからなかなか女性の着物の着付けを手伝わせてもらえないとのことだったがとても手順も早い。

 來は美容師で着付けからヘアメイクもメインで美園の担当をしてくれている。彼女が頼んだのだ。

 來は一つ返事で快諾してくれた。



「わかってるくせに」

「今は家族の方いないけどここから出たら笑顔にならないとね」

「……」


 美園は白無垢姿の自分を見てとうとう結婚か、と。


 美園のメイクを始める來。手が触れ、來の顔が近づくと美園は頬を赤らめる。

 メイクもまた手際良くする來。



 この三年間で彼も色々あった。


 経営していた店を閉店させた。多様性に特化した店ともあって反響は大きかったし、常連もたくさんいたのだが美容院の数の多さ、中には近くに低価格でカットやカラーをしてくれる店が増えてきた。


 それに危機感を示した來が店を持つのでなくてフリーで活動したいと言い出したのだ。分二ぶんじは驚いたが初めての來からの提案だったためわかった、と店を手放すことを決意した。

 従業員たちは大輝やその他の店へ。仕事に応じてアシスタントを連れて現場に向かう。


 也夜なりやが事故にあった際にがむしゃらにいろんな現場に入れてもらった時の頃が一つの店にいるより性に合っていると來は思い出した。


 もちろんフリーになってしまったからには仕事を一から開拓しなくてはいけないのだが、そこは以前からの得意先や分二のコネクションでなんとか繋いできた。

 着付けも一から学び直し、成人式や夏祭りの浴衣、結婚式の着付けの現場も増えた。


 分二とはパートナー協定は結ばずにビジネスパートナーとして生きていくことも來が提案した。もちろん結婚式は取りやめ。2回目だ、と思いながらも。


 やはり性生活の不一致、過去のこともあったが完全に別れると互いに不利益になるとのことで、とにかくがむしゃらに仕事を2人で開拓し、うまくいくときもそうじゃない時も励まし合って過ごしていたおかげか、ここ数年でまた仲も良好になりつつある。

 同棲も再開している。あのマンションで。


 今回も分二は結婚式に呼ばれなかったが美園以外の出席者や家族の着付けやヘアメイクなどの担当の手配は分二である。


「お母さん呼ぶね」

「えっ」

 着慣れない着物に纏って化粧してホッと一息の時にそう來に言われ美園はびっくりした。


「紅をひいてもらうから」

「いいよ、來がやってよ」

「母から娘へ。お母さんも喜ぶと思うよ」

「恥ずかしいよ」

「いいから」

 他のスタッフに呼ばれた美園の母がやってきて白無垢姿の娘を見た母はすぐに泣き崩れた。


「お母さん、もう……」

 そんな母の姿を見てふと緊張も相まり美園も涙が込み上げる。

「マスカラは最後にしておいたからね、さてお母さん……落ち着いたら美園さんに紅をひいてやってください」

「はい……ありがとうね、來くん。こんな機会をくれて」

「いえいえ」

「前撮りの時もだけど美園をこんなに可愛くしてくれて……ありがとう」

 來も胸が熱くなる。結婚式の現場は何度もやっていたがやはり近しい人となると尚更だ。


 美園の母は震える手で來に誘導され紅筆を渡されて、紅を取って美園の唇に載せた。

「美園……」

「お母さん……」


 美園はヒクヒクと口を動かす。涙が溢れ出る。20半ばまでずっと実家暮らしであったが故に家族と離れる、自分の意思とはほぼ反した結婚である意味親孝行できた、そんな気持ちもある。


 少し紅を引いたあと、來が仕上げをする。美園の涙の跡を拭き化粧を直し、最後にマスカラをつける。


「來も何泣いてるのよ」

「泣いちゃ悪い?」

「……別に」

「相変わらず僕にはぶっきらぼう。お婿さんにはそんなところ見せてるかな?」

 意地悪そうに來は笑いながらティッシュで自分の目元も拭く。

「來くんだから見せるのよ」

 美園の母はそう言う。


「そうですね、お義母さん」

 と來。


 一応元婚約者、也夜の母である美園の母。お義母さんと言うのは抵抗がある來。

 でも義母も嫌な顔をせず接してくれるようになったのもここ最近である。


「お義母さんも少し目元直しますね」

「ありがとう、本当……今日も髪の毛から着付けまで……」

「いえいえ」

 美園は來と母のやりとりを少し複雑な面持ちで見つめている。


「さぁそろそろ行きましょう」

 アテンドがやってきた。來は美園の肩を叩いてやった。

 美園は名残惜しそうに來を見つめる。


「いってらっしゃい」

 うん、と美園は小さく頷いた。


 來は胸にチクンとくるものがある。だが自分はやはり異性を受け入れられない。ましてや也夜の妹。申し訳ないと言う気持ちがある。


トントン


さらに誰かがノックする音。


振り返るとそこに也夜がいた。


「……美園」

「お兄ちゃん!」


 

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