最終話

 也夜なりやは昨夜海外から戻ってきたばかりだ。極秘退院をし、そのまま事務所に手配してもらって過去のホストファミリーのところに住み込みで働きながら語学留学を再びしていたのだ。

 その時に芸能活動以外の仕事……農作業やガソリンスタンド、スーパー、ホームセンター、アパレルの店員などを経験したという。

 今は子供がいない現地の夫婦が営む農業を手伝っている。

 モデル時代よりも日焼けをして体格もリハビリの時に筋トレにハマり、さらに農作業で筋肉がついて一回り体も大きくなっている。

 がそれはそれで、彼の魅力はさらに増して体格の合ったオーダーメイドスーツも様になっている。


「……披露宴からって聞いてたのに」

 美園みそのと母親はその場で泣き出す。らいは也夜と目を合して


「実は一昨日には日本に来ててね。サプライズだよ、サプライズ」

 と笑うと美園が也夜の元に行き彼の胸元を軽く連続して叩く。

「バカバカバカ! 無駄にサプライズの発音が良すぎるのもムカつく!!!」

「そこか、そこかよ」

「お兄ちゃんのばかぁあああ!!」

 ワンワンと泣く美園とそれを見て笑う也夜。その様子を見ると2人の間柄がよくわかる。そこに來がティッシュを持って駆けつける。


「出るタイミング間違えたね……まぁウォータープルーフだから良かったけど。手直しするね」

「ありがとう……ぅうう。來、知ってたの?!」

「うん……也夜の髪の毛を昨日切ったばかりなんだ」

「このぉ、共犯者めっ……」

 拗ねた顔の美園。ハイハイ、と來は宥めながら化粧を直して再び肩を叩いて美園たちを見送る。


 部屋は來と也夜の2人きり。來は慌ただしく部屋を片付ける。それに也夜も加わる。

「ありがとう」

「いやいや、サプライズに付き合わせたものだから」

「やっぱりいくらなんでも出番前はないだろ……あと数分で僕も出席しなくてはいけない」

「ごめんごめん」

 也夜は笑う。


 いきなり也夜から連絡があったのは一ヶ月前だった。美園の結婚式に出たいから髪の毛を切って欲しい、とのことだった。


 そして一昨日に來は分二ぶんじと共に近くのホテルの一室で再会した。也夜はまず2人に土下座をした。

 すると分二までも土下座をした。來は宥めつつもまだ感情が整理できなかった。


 何から3人は話せばいいかわからなかったがとりあえず來は伸びに伸び切った也夜の髪の毛を切ることから始めることにした。


 來に切ってもらいたく三年間ずっと美容院に行かずに伸ばしていたようだ。

 事故当日のこと以前に也夜は分二と付き合っていたことを自分から話し、來は知っていても也夜の話をずっと聞き、分二はその様子を見て泣いていた。


 3人はかなり遠回りしたが事実を確かめ合い、それぞれの現状を話し今日に至ったのだ。


 也夜は明日には海外に戻るそうだ。

 昔よりも長髪で歳を重ねた也夜も十分日本でモデルとしてやっていけると來は言ったが也夜はもう表立って何かをやることはしばらくはしたくない、とのことだ。

 とうに芸能事務所とも契約を終えてファンクラブもない。

 個人的に作られたファンによるコミュニティはまだあるのだが也夜の近況の写真はなく、過去の写真やメディアしか残っていない。


 來は相変わらず美しく整った也夜の顔を見て、この男と恋をしていた……って。

 こんないい男と、でももう過去のことだ。


 もしあの時の事故がなかったら今はどう過ごしていたのだろう。店構えてすぐ閉じてフリーで働いていたのだろうか。


 來はずっとモデルを続けてみんなの前で偽りの姿を見せていたのだろうか。


「……結婚式、か」

「そうだね」

「結局分二ともしてないんだろ」

「ああ……そばにいるだけでいいんだ、僕と分二は」

 この短い間に何を話せばいいのだろう。お互いに言葉を探している。2人きりでいられるのもこの時間だけなのだろう。


「妹を、美園をあんなに美しくしてくれてありがとう」

「……ううん、こちらこそ。とてもやりがいがあったよ。美園ちゃんが可愛いから」

「それ、美園が言ったら喜ぶだろうな」

「って、もう結婚するんだからそんなこと言うなよ」

「だな……」

 笑いはするものの、やはり会話はぎこいない。


 すると也夜。

「昨日はただただ言い訳をしていただけだった……」

 昨日、髪を切った時はたくさん話をしたというか來は也夜の話を聞いていた、それだけだった。


「そんなこと言ったら僕も言い訳でしかならないことばかりだよ……」

 來は久しぶりに愛していた也夜の髪の毛を切った時の感覚がまだ残っている。

 初めて彼の髪の毛を触ってシャンプーをして切った時……その髪の毛に指を通して、愛し合ったあの時を一瞬にして思い出した。


 遠回り遠回りしたけど身体の中では覚えていた。


 これ以上2人きりで、そして触れると過去を思い出すばかりだ……自分から忘れようとしたのに。


 忘れた方がいい。もう也夜が目覚めないのなら忘れた方が、いい。也夜といたときのことを。そう決めたのは來自身だ。


「でも、やっぱり忘れることはできなかったね……互いに」

「だな」


 少し間が空いて

「あっちの国だったら、一緒になれるけど」

 と也夜が言うが

「……かもしれないけど……ね。ってプロポーズかい?」

「そんなわけないだろ、もっとましなプロポーズしたいもんだよ」

「だな」

 來の目から涙が出る。也夜もだ。


「その涙は美園ちゃんの結婚式で流さなきゃ……」

「そうだな」


 再び笑った2人。そして見つめ合う。


 そこにドアを叩く音。外から

「來さんー美園さんがまた泣いちゃって……お直しをお願いします!」

 アテンドの人の声が聞こえる。2人は目を合わせた。


「美園、泣いちゃったか……また」

「ああ……じゃあ……也夜。またあとで」

 名残惜しそうに來が言うと也夜はこう言った。



「またあとで、じゃなくて僕もすぐ行くよ」

 來は頷いて涙を拭って2人で部屋を出た。




 終





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