第49話 目覚め

 病室。


 也夜なりやは目を覚ました。この日もカウンセリングがある。日に日に現実を知る。体も少しずつ動かせるようになっていくとやりたいことも増えてきたがまだ自由に体が動くわけでもない。

 少しもどかしいけどもそのことを受け入れるしかない。


 これからは自分はどうしていきたいかを時間をかけて医師と話している也夜。

 27才になった自分、モデルとして再開するのか……妹の美園みそのからは自分のホームページが残っていることを聞いた時びっくりしている。

 まだ復帰を願っている人たちがいるのか、彼は嬉しくなった。

 誰がそんなことをと思う間も無く発起人はきっと也夜の元彼である分二ぶんじなんだろうとわかった。

 まだあの男は自分を好きであったのか。あの時会おうと言われて自分も会いに行ったのは結婚するからもう会わないで欲しいと也夜は直接言いたかったのだ。


 別に会わなくても良かったのに。情が残っていた自分を悔やんだ。


 自分から離れたのに今更会おうとしたことがいけなったんだ……と。


 分二を忘れるがために自分から離れて新しく進もうとしたのに。恋人もできてこれから新しい生活をと思ったのに……。


「お兄ちゃん」

 そこに美園がやってきた。

「リハビリ前にちょこっと顔を出したよ」

「ありがとう……」

 家族や医師以外にはまだ会っていない也夜。まだ他のものには会えないとのことを言われたようだ。他の人にはいつになったら会えるのだろうか。也夜は來のことを思う。


 らいにはかなり待たせてしまったと思っているようだがこの眠っていた2年は來は幸せだったのだろうか。

 1人で過ごせたのだろうか、そればかり気になってしまう。しかし医師は今は自分のことを優先しなさいとのことだった。

 美園からは來が美容院を開いて店長として働いているとのことだ。


 店を持つことなんてないよと言っていた過去を覚えていた也夜は來も成長した、この二年間の間にと。

 もしそこに自分が戻ってきて結婚しようと言ったところで彼のその人生を壊してしまうのではないだろうか……だなんて不安になってしまった。


「さっきね、お父さんから聞いたけどそろそろ他の方のお見舞いを受け入れるって医師と相談してたそうよ」

「……そうなのか」

「私の結婚式もあるからお父さんたちはお婿さんやあちらの親御さんに会わせたいのよ」

「こんな兄貴なんてあわせる顔ない」


 モデルといっても世間的にも安定しない職業、中卒、なおさら同性愛者であることは誰にも理解されないだろう、也夜は諦めていた。

 せっかく決まった美園の結婚式だが婚約者も也夜の目覚めまで何度も美園にアプローチをし続けていたという。

 こんな人間が家族にいるのは美園にとっては立場が悪いのでは、と也夜は心が痛む。


「そんなことないよ。彼もお兄ちゃんの活躍知ってるし、同性愛者のことも理解してくれている」

「……そんなの結婚してから変わるさ」

「そんなことはないよ。本当よ」


 也夜は美園をじっとみた。

「なぁ、來は幸せか?」

「何よ突然……」

「あれだけでは幸せかわからなかったよ……少し痩せていた気もした」

「そりゃ、お店持ったんですもの。色々大変だったけど……私もその店で働いていたし、周りのみんなが來の代わりに支えてくれていたのよ」

「そうか、ほんとみんなに迷惑かけたね」


 也夜は自分の嘘で自分は事故に遭い來を悲しませた……だが周りの人が來を助けてくれた。しかも店まで持った。

 きっと想像もできないくらいの悲しみや苦しみもあったのだろう。


「……來は幸せよ」

 その一言で也夜はホッとした。

「……それならよかったよ」

「お兄ちゃんのこともみんな見守ってくれた。この日を待っていた。みんなも……その間も幸せだったと思うのよ」

「……」


 そういえば、と也夜は思い出した。


 來と交際した時に美園と会わせるのは抵抗があったが來はまったく美園に興味を持たず、子供を美園に任せることはしたくないという意志があった。

 ホッとしたが美園が來に好意を持っていた。それを知った也夜は……自分から身を引くことを考えた。


 だが來と也夜の結婚の話は進んでいく……。


 そんな中、分二から突然の会いたいというメールも受け入れてしまったのも……気持ちの整理もあったのかもしれない。


「分二は、元気か?」

 と也夜が美園に聞くとすぐに

「うん、元気よ。來とも仕事頑張ってるし」

 美園はそういって笑った。也夜は


「幸せそうか」

 と尋ねると美園はまた一瞬戸惑った顔をしていた。


「ええ、幸せそうよ」

「そうか」


「……」

 目を瞑った。まだ現実を見ない方がいい。そう思いながら也夜は両手で顔を覆う。そのまま


「美園、しばらく來と会うのはよそうかとおもう」

 と言うと美園は頷いた。


「お兄ちゃんが、そう決めたのなら」

「……今の來と分二に会うことはできない」

 両手からは涙が流れていった。美園はそれを見ないよう窓の方に目線をやった。彼女も泣いている顔を見られたくなかったからだ。

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