第九章 おわり

第44話 美園の思い

 美園みそのが辞表を渡してきたのはそれから半月後のことだった。


 分二ぶんじからもう1人か2人美容師を採用しても大丈夫なのではと話していた矢先であった。


「どうして……」

「……じつはね」

 前もいきなり休みを取りたいと三日ほど休んだことがあった。

 体調が悪くなることもなく、也夜なりやの見舞いも仕事のない時や終わりに行ったり急に休んだりすることはなかった彼女だったからこそいきなりの辞表に來は驚いた。

 それかつ何か自分はしてしまったのだろうか、はたまた他の従業員と? だが仕事もテキパキとこなし誰かと不仲であることはなかった。


 一つ思うことは也夜のことだろう、それしかなかった。


「もしかして……也夜のことか」

「いいえ」

 違うことにホッとした來。

「何ホッとしてるのよ、お兄ちゃんにはいつ会うの?」

 いきなりの也夜のことである。來は解答に戸惑う。

「……また会いたいけど……もう会えるの?」

「そうね、もうそろそろかって言ってたけど分二さんとは別れるきはなさそうね」

「……それが店を辞める理由と関係するのかい」

 美園は首を横に振る。だがもどかしい様子だ。


「そうよね、別れないよね……」

「……」

「別れちゃったらこの店潰れるよね」

「潰れるというか……なんというか」

 部屋の中は気まずい雰囲気である。


「だよね……だよね」

「也夜にはなんて伝えれば」

「いや、それもあるけどさ」

 美園は悲しげな目で來を見る。なぜそんな目で見るのか。來にはわからなかった。


「前お休みもらったじゃない、三日位」

「……そうだね。也夜のことかなって」

「そうだと思ってたのね。違うのよ」

「なんだったんだ?」

「……お見合いだったの」


 お見合い……という言葉を來がいう前に美園は話を続けた。

「お兄ちゃんが事故に遭う前にも一度お会いしていて……しばらくはって連絡は取っていなかったけど彼のお父様が病気になって。早く結婚式を見たいって。ってまだ付き合ってもいないのに結婚とか早いって思ったけどさ」

「そりゃ……すごい急だな」

「まぁ第一印象は悪くはなかった。でも……私はその時好きな人がいた」

「好きな人?」

 そんなことは聞いたことがない。來はびっくりした。


「でもかないっこないって思っていたから。で、そのままお兄ちゃんの事故があってお見合いのことは保留になって。先日彼がお見舞いに来て……って何回も来てくれたのを断っていたのもあったんだけどさぁ」

「そんなすごい熱心な人がいるものなんだ」

「お見舞いよりも私に会いに来たんだと思うけどさ。それを二年間続けて……」

 來はそんなことがあったことが全く知らずつい笑ってしまった。つい。美園はなんで笑うのかという感じで來を見た。


「だってそんなそぶりもなかったじゃん。美園ちゃん」

「そんなの人に知らせることもなかったし」

 美園は心なしかちょっと嬉しくなさそうであった。

「……來にはいうべきだったかな」

「いや言ったところでどうなるの。僕だったらその人とちゃんと話したらっていうよ」

「そうなんだけどさぁ……」

「美園ちゃん可愛いし、仕事もできるしさぁ。やっぱモテるよね。也夜も言ってたけどツンツンし過ぎててなかなか彼氏ができないんだって心配していたよ」

「そんなこと言ってたんだね……」

 すると來はふと思い出した。也夜がなかなか恋人ができない美園のことを心配していたのは知っていたが、とある日に美園と日帰りの旅行をして帰ってきた後に來にとあることを言われた。


『來、美園の魅力はわかる?』

 そう言われて來は率直に美人とかハキハキしてるとかちょっと気高くて手を出しにくそうだよねと笑って答えた。

 すると

『そうか、そう思うのか』

 と也夜は言った。


『ちょっと付き合うには無理ということか』

 とさらに也夜から質問されて來はなんだ? と思ったが


『付き合うことはないよ。美園ちゃんと付き合う気持ちにはなれない、申し訳ないけど。なんでそんなこと聞くんだよ』

 來が返すと也夜はそうだよな、とポツリと言った。


『僕は也夜しか考えられない。也夜もそうだよね?』

 だなんていうと


『はいはい。來は正直でよろしい』

 だなんて也夜は笑っていた。


「どしたの、來」

 美園の声に來は現実を引き戻された。


「いや……じゃあもう結婚は本決まりで?」

「もう、そういうことだよね。結婚したら彼の仕事のサポート頼まれているのよ」

「なんの仕事の人だい。てか自営業?」

「ええ。來の店でも電話の引き継ぎや事務も経験させてもらったしその経験を話したら是非とも、って。結婚というよりも転職な気もするけど」

「……そっちの方が給料いいってことかい?」

「まぁ……そーゆーことですね」

「それに家庭も持てる」

 美園は頷いた。來はそうかーと頭を抱えた。美園のように気が回るものはいない。美園のサポートでパートの女性も入れていたのだが最近美園がその彼女をメインに仕事をやらせているのを目にしていた。だがやはり美園の方が上であった。


「大事な人を取られるってことはこんなにも辛いことか」

 そう來が言うと美園はハッと見る。


「……」

「いや、変な意味ではないけども。君みたいな仕事もできて素敵な人が……結婚してしまったらもうダメだな。子供もできて……ああ。ダメだダメだ。とにかく美園ちゃん、おめでとう」

 來は美園の手を握った。


「ありがとう……ございます。來の元で働けてよかった。この経験、活かして生きてきます」

「……ああ、也夜もホッとするだろう」

「どっちかといえば親がね」

「だな……是非とも結婚式のヘアメイクは」

「わかってる、來にもちろん頼むから」

 2人は笑った。そして美園は來から手を離してドアに向かう。


「……ありがとう、來」

「美園ちゃん、こちらこそ」

 美園は外に出てドアの向こうでしゃがみ泣いた。声を上げて。


 來はその声聞いて自分はなんてことをしてしまったのだろう、ようやく気づいたのだ。


 美園は來が好きだった。そのことを也夜に相談していた。そして也夜は來に遠回しで美園のことを聞いたのだ。


 それがわかった今、來も涙が溢れ出た。

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