第八章 葛藤
第39話 分二と也夜
それから
分二は大学生、也夜は高校生の年齢。どちらかといえば女性客の中でも一番目立っており、尚且つまだ人気のなかった也夜にやたらと執着していたことから事務所側もびっくりはしていたらしい。
也夜の友人か、親戚なのか? とまでも言われたようだがもちろん違う。
「もともと当時の彼女に誘われて行ったんだよ。その子の推しからチケット買うとポイントが貯まるって。で、たまたま違うファンの友達がいけなくなって余ったから恋人の僕に行かないかって。普通恋人に渡すかい?」
「ないね」
「だろ、でも人が少ないと可哀想とか言われて。当日も僕と違う男を前にキャーキャー言ってるの見てさ。うんざりだった」
「普通なら行かないよね……僕なら途中で帰る」
「僕も帰ろうとしたんだよ。……そこで也夜がいたんだよ」
分二が言うにはまだ研究生だった也夜が先輩たちのライブの間に出てきてグッズ宣伝をするとのことだ。
その時間内はトイレに行ったり床に座るファンたちばかりでライブの熱狂はどうしたとばかりのものだったらしい。
分二の当時の彼女も外でタバコ吸うと言って出て行ったらしい。荷物を置いて。だからその場から離れられなかった分二はまだ売れてもいない研究生のコーナーを見ることになる。
まだ人前に慣れていない研究生たちのコーナーは稀にファンや家族や友人たちがいて声かけたりもするがちゃんとしたファンはついていない。じょじょに増えていく子もいれば未だ立って人気が出なかったりそもそもこのコーナーを見てる人はそんなにいなかったと言う。
分二は不憫だなと思いながら研究生たちのコーナーを見る。5人ほどの中に一際背の高い青年がいた。背が高くても猫背で長い前髪で暗い表情。
しかしその彼の瞳に分二は気付けばずっと見惚れていた。
ようやく也夜が喋る番で先輩のグッズ紹介をした。
「ファンたちも厳しい人と温かい人両極端でさ。研究生だからと言って容赦無くはけろとか、早く終われとか言うんだよ」
「怖っ」
「でも中には反応してくれるファンもいて。研究生の中で二人ほどはもうファンを獲得していた。すぐその子らは数ヶ月後、別グループでデビューしたんだ」
研究生と触れ合えるのは他にもグッズ売り場やチラシ配りの時であったとのこと。
路上でチラシを配っていた時に來はもし也夜に会っていたら惚れたのであろうか。
その当時の写真を見ても幼い、少し見た目がチャラい、おぼっこいというくらいで充分に見惚れてしまってたかもしれないと勝手に思った。
でもこの時に出会ってたら、どうなっていたんだろう、ふと年数を逆算するとまだ自分は中学生だったろうかと……。
「僕は女の子もいいけど男の子といる方が良かった。めんどくさかったんだよ男女の関係が。付き合ってセックスして子供できたら結婚、ああ……それが嫌だった。まぁ男の子とも……也夜が初めてではなかったけどセックスしたら関係が冷めて終わってしまってしまうけど……なかなかうまくいかない中、女の恋人と別れたと同時に也夜に告白した。引かれるのを覚悟して」
「……也夜も同性愛者だったもんね」
「びっくりしたよ。くっついて写真を撮るのもファンサービスだと思ってたし女の子のファンと変わらないことをしてくれていた。それはそういうことだったのかと」
分二は次々と過去のことを話していく。これから一緒になる伴侶である來に対して。
「聞いてて嫌にならないか」
「……ううん、也夜の過去しれてよかったよ。ついでに分二の過去も」
「そうか……じゃあまだ話してもいいかい」
來は分二を抱きしめて、うんと答えた。
「僕らの関係はアイドルとファンでなく恋人の関係になった。也夜をトップのアイドルにしたくてお金も注ぎ込んだ。しこたま稼いだ……そしてたくさん愛した。愛し合った……」
「でも也夜はアイドル時代のことをあまり語りがらない」
そう來が言うと分二は少し黙った。
「アイドルは彼が求めたものじゃなかったしな。彼自身もまだ将来像は見えてなかった。学生の頃から芸能の世界に入ってしまったから。そして研究生から見事昇格してからが大変だった。あの事務所は働きに働かせた。ファンたちの無謀なリクエストに応えてまでも無理やり……売上のために」
「清流ガールズたちもファンとのサービスの後もかなり疲れてた」
「……だろ。清流ガールズたちはまだましになった方だ。反対に厳しくなったけどもそれでも負担は大きい。だから本当に自分が好きな相手を愛して子供作って結婚して逃げる子までもいるからな」
ふと來は思い出した。時たまリカと成り行きでそういう雰囲気になって避妊具もないのにしようとしたことがあったと。
來はダメだと言っても続けようとしたリカに対して無理やり離れて雰囲気が悪くなったことがあった。
そういうこともあったのか? まさかな、と。
「どうしたんだい?」
「いや、べつに。也夜はそれからどうしたんだい。ファンに対してはさらっと対応してる感じはした」
SNSに関しても事務所マネージャー対応だし、更新も。
ファンクラブ会員のみ抽選でツーショット写真に対応している。街の中で声かけられても軽く挨拶するくらい。それを思い出した。
「今の事務所がその辺しっかりしてたんだろう。だからファンの質も良くなった方だ。入院している間も少人数のみ……本当アイドルの頃を考えると違うな」
「でも、それでもちょっと嫌だったみたい。どう返答すればいいかわからないって」
「……そうか」
分二は次第に表情を曇らす。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます