第37話 也夜の過去

 也夜なりやが過去にアイドルであった話は人づてに聞いたらい。アイドルと言っても地下アイドルグループに所属していたのに近いものだったらしい。そしてかなり若い頃に。


 分二ぶんじに体を起こされ朝ごはんを眠気まなこで二人で作り、それから分二が來に連れていきたいところがあると車を出してくれたのだ。


「もしさ、あそこの家を也夜に渡すんだったらさ、もしもの話だよ?」

 昨日あれだけ分二が嫉妬して來を服従させていたのにも関わらずまた也夜のことを話題に持ちかけてきた。


 來はうん、と頷いた。


「マンションあるからさ、まだ契約してるあら。ほとんど倉庫みたいなもんだし、車ももう一台ある」

「なんか分二の部屋汚なさそう」

「こら」

「ごめんごめん……なんでも知ってるなんでも興味があるからいろんなものがありそう」

「まぁね、ペットは知り合いがもらってくれたし」

「……飼ってたの?」

「前にね。一時期海外出張増えたから……ペットも命あるものだし。難しいね」

 と言うのだがもしかしたらと思って來は聞いてみた。


「ペットもだけど……家庭を持たないのも……」

「そうだね、いろんな女性とお付き合いしてさ家庭を持つとかそうでない話して。中にはお子さんがいる人ともつきあったけどさ……僕は同時にたくさんの人を愛することはできない人間でね。ペットの時は全力でペットに愛をそそいだ。女性も。でも……子供もとなるとどちらか……分散させるとか無理だなぁって。酷いだろ?」

 なるほど、と來は思った。


「だからさ、僕は子供を持つことができない男同士で結婚を考えたわけで。養子とかも親からは言われるけどそれもね。僕の性分では無理だな……」

 確かに分二は清流ガールズneoに対してもすごい愛を注ぎ込みその子をトップにさせたのだが他の新人が入るとぴたりと前の好きな子を応援しなくなった、それをリカから聞いていたのだ。


「なんだろうね、子供の頃からそうだったのかな。欲しいと言ったら何でも買ってもらえてとめどなく。それがだんだんわかってきて言わなくなったんだ」

「そうなの。ラッキーじゃん。僕は反対に何も買ってくれなかったから羨ましいよ……だからバイトして学費とか貯めて欲しいものも買って……」

「そう、僕もそうしたかった。他のみんなはちゃんと働いてお金を貯めて自分で買う……そしたらそれに愛着をすごく持てたんだよ」

 と言うまに分二の車は大きなマンションの地下駐車場へ。來たちのマンションよりかもっと大きくて高い。


「そんなに上の方じゃないよ。高いところは苦手でね。前大きな地震を2回も高層ビルで体感してさ……それ以来中層階に住んでいるわけで」

「怖いならもう少し低層のマンションにすればいいのに」

「だからあそこのマンションがちょうどいいんだよねー本当は」

 とニヤニヤと笑う分二。來はハイハイと言う。


 そして思った以上に高層階に分二の部屋があった。

「どこが中層階なんだよ」

「それでも中層階さ。倉庫でも週に一回は必ず来て空気の入れ替えしてる。ロボ掃除機も毎日かけてるから……遠隔操作でね」

 部屋の数箇所にロボ掃除機を見た。分二が来てからも來のマンションの部屋にも設置してもらって楽になったと思ったがまさかここにも。

「来たらここのゴミを貯めるタワーを全部出してー掃除機内の水を入れてから帰るのよ。結構これも面倒かと思うけどここのメーカーのはすごく良くてね」

 これはきっと分二のお気に入りなんだろう、と來はすぐ思った。


 メインのドアを開けると來が思った以上に部屋は綺麗であった。


「來、予想外れたね。へへ」

「外れました、すいませんでした」

「じゃあ夜、お仕置きね」

「何昨日の夜あんだけやったくせに」

「君の反応が楽しいんだよ」

 ああ、やっぱり自分はMなのか。と昔からそうだったなぁと思いながら……綺麗に整頓されている部屋を見わたす。


「君はね、優しいんだよ。すぐ下に行くんだよ。経営者に向いてない、悪いが。僕みたいな相棒がいないと一人では無理だと思うよ」

「それ、だいぶ前にも言われた」

「言ったっけ?」

「分二めっちゃ酔っ払ってたから覚えてないよね」

「酒飲んで説教垂れるってかっこ悪いなぁ僕。しかも年下に対して……だけどやっぱり君は一人じゃダメなんだよ」

 と分二はこっちこっちと奥の部屋に案内された。あかりをつけるとさらに驚く。


 アイドルの女の子たちの等身大パネルがいくつか、ポスターも額縁に入れたり入れられなかったものは丸めて綺麗に置かれている。

「ここはポスター屋? それともバックヤード?」

「展示室とせめて言ってくれ。一番の推しの美玲ちゃん。と言っても清流ガールズNeoよりも前の初代の子。いまは地元のラジオ局副社長ってのもすごいよね」

 來は見覚えのあるアイドルの写真集を見つけた。

「これ、タレントのハナちゃんですよね……彼女もアイドルだったんだ」

「そうそう、おっぱいしか取り柄がない子だったけど今じゃママタレだもんなぁ。社長はこないだ食事した徳山さんよ」

「……えっ、彼もアイドルを」

「彼も……?」

「いや、その……」

 アイドルと付き合ってしかも結婚……という話を聞いてなんとなく自分もその道を辿っていたかもしれないと頭がよぎりつつ、來は分二の宝庫をあれこれ見てしまう。


「それよりも君に見せたいのはこっちさ」

 とウォーキングクローゼットをバッと開く分二。


 來は一瞬何のことかわからなかったがすぐにわかった。面影はある。


 アイドル時代の也夜の写真やグッズたちである。

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