第七章 目覚め

第34話 目覚め、再会

 らいは先に美園みそのを帰してマダムたちの接客を終えたあと病院に向かった。他のスタッフが大輝に連絡したという。

 予約がまだ入ってはいたがすぐさま大輝がヘルプに入ってくれたのだ。

 大輝は名のある美容師でもあったため急遽現れた彼の姿に來の指名はどこへいったのやら、とどの客も喜んでいたようである。


 それはのちに聞いた話ではあったが來は気が気でなかった。

 也夜なりやが二年ぶりに目を覚ましたのだ。ずっと植物状態であったのになぜ……いきなり。


 嬉しいのかそうでないのか驚きが勝り思考がぐちゃぐちゃなままスタッフが呼んだタクシーに乗せられていた。

 マダムたちとの会話も全く覚えていない。気づけば病院の前だった。


 病院に着いたとなんとか美園にメールをした。すると


『事務所の社長も受付で待ってるから一緒に来てください』


 と見た頃には也夜の事務所の社長が來に向かって小走りしていた。隣には秘書もいる。久しぶりに見た顔だ。


「元気だった? ごめんなさいね……なかなか連絡も取らず」

「いえ、ご無沙汰しております。何人かタレントさん僕の美容院に紹介してくださったとお聞きしております」

「まぁ……そうだけど。その話は後ね、早く病室行きましょう」

「はい」

 そしてどこから漏れたのだろうか。也夜が目を覚ましたという情報がSNSに流れているという。


「どこのどいつかしら、看護師?」

 もしかしてと來は思ったが美容室の誰か? だなんて邪推している場合ではなかった。看護師に案内されるままに久しぶりに病室の前に行くが前とは違った場所であった。そして美園、久しぶりに見た也夜の両親。


 事務所社長を見るなり頭を下げる也夜の両親だったが來を見ると凍てついた顔をする。というよりもなんともいえない表情で。


「お久しぶりです……」

「……久しぶりに、だな。娘がそちらでお世話になってると。そそのかしたのか? 娘はもっとなの知れた大企業に勤めることができたのに」

 相変わらずな父親の対応だが來はそれよりも也夜の方に向かう。父親の言動に呆れた美園は來を病室に招く。

 事務所社長も先に君がと。父親とは全く別の行動であった。


「勝手に入れるな! 家族じゃないものは入れないぞ!」

 ふと事務所社長をみた也夜の父は少しギョッとしたがもう病室に入る。來は二年ぶりに病室に入った。


 そこには前よりも装置に繋がれている管やケーブルは少ないが呼吸器をつけて横たわる也夜が目を開けていた。


「也夜……也夜っ」

 看護師が気づいて後退りをし、美園が來を也夜のそばへ。


「……あ」

 久しぶりの也夜の声。そして自分を見る眼差し。そしてゆっくりと上がる右手。


「也夜さん、むりしてはだめです」

 看護師がそういうものの也夜の長くて白い手が來に伸びる。ゆっくりと。

 握っていいですか? と看護師に聞く來。看護師は困ってはいたが頷いた。


 前よりも細く、さらに白くなった手。爪は誰かが彼が寝ている間にでも整えていたのだろう。顔も綺麗に髭も眉毛も同じように。

 頬は痩せこけていて唇の色も赤みが少ない。


 恐る恐る手を触れる。冷たく強く握ったら壊れてしまいそうな彫刻のような也夜の手。


 すると也夜からじんわりと握られた。ドキッとするが來もゆっくり握り返した。

「也夜っ……也夜っ」

 握ったまま來は膝から崩れ落ちて泣いた。後ろでも啜り泣く美園の声。


「あぁ」



 二年前の結婚式前夜、來を置いて1人どこかへ行ってしまった也夜。

 ようやく2人は再会した。


「待ってたよ……也夜……」

 也夜の手を來は自分の頬に当てる。だんだん冷たい手に温かみか伝わる。

「也夜……」

「……らい……」

「也夜ぁ」


 久しぶりに名前を呼ばれて來の涙が也夜の手に伝う。

「……來……」

「也夜ぁ……」


 來はふと後ろにいる美園を見る。美園はティッシュで也夜の涙を拭き、もう一枚來に渡した。



「……っ?」

 也夜が何かを発しようとしているがそこに看護師がやってきた。


「はい、もうここで一旦面会を終わりにしますね」

 医師もやってきてこれから検査を行うとのことで全員病室から出された。

 外では事務所社長たちと也夜の両親たちがすごく気まずそうに席を離して座っていた。


「どうだった? 久しぶりの也夜」

社長にそう声をかけられ來は答えた。

「……2年前の彼のままでしたよ」

「そうなのね」

「……ほんと、ほんと……也夜っ……」


 來は再び膝から崩れ落ちた。


 しかし、來はこの後大きな選択をしなくてはいけないのだ。


 也夜が目覚めてしまった以上、再び一緒にいるのかそうでないのか。


 2人の部屋には……分二がいるからだ。

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