第33話 こんな時に

 2人はその後、式場と打ち合わせがあったが

 らいの体調を考え延期した。

 そして家に帰ると來はどっぷりと寝た。分二ぶんじと何も会話を交わさぬまま。


 気づけば部屋は暗くなっていることに驚いた來。目を覚ましたままで、煌びやかな結婚式場はとても明るくて眩しかった。そことは反対の明るさに頭が少し痛い。いや、式場の明るさが頭の痛みだったのか。わからない。


「來……起きた?」

「うわっ」

「なんだよ、お化けかと思ったか?」

 と分二はスマートフォンの灯りを顔に当てた。よくあるお化けを演出する茶化しだったが分二の顔は笑っていなかった。

「……まさか僕が寝ている間も……」

「横にいた。いつ目が覚めるか、いや僕も途中寝てたけどそんなに寝れずにまた目を開けてぼーっとしてたわ」

「ごめんね」

 暗い中でも分二が自分を見ているのがわかった來。

 するとすぐに彼が來の上に乗った。すごい力だ。


「もう、お前の頭の中を僕だけにしたい……僕で埋め尽くしたい」

「分二……力が強い……」

 さらに強くなる。分二は強い口調になった。


「いつまでも來は也夜のことに縛られてる。確かに好きな人、愛した人をそう簡単に忘れることはできない……それはわかる、僕もそうだった!」

 來の顔に温かい液体が落ちた。涙だ。分二の。


「ああ、悔しい。僕は也夜なりやを越えられないのか? 僕はこんなに來を愛しているのに……なんで! なんで」

「分二ぃ……わかる、すごく愛してくれているのはわかるよ」

 だんだん息荒くなる分二を宥める來だが荒々しくキスをされ唇を塞がれる。

 苦しい……苦しい……なんとか唇から離れ來も呼吸が荒くなるの感じる。


「じゃあ、來は僕のことを愛してくれた?」

「……何言ってるんだ……愛してるよ! 分二のことっ!」

「……」

 分二は來から降りておもむろに全身に纏ってるものを全部脱いだ。


「愛してるなら証拠を見せてくれ」

 來はだんだん暗闇に目が慣れてそれが見えた。


「……愛してるなら……」

 分二はボロボロと泣き出す。こんなに泣いた彼を見たことがなかった來は分二を思いっきり抱きしめた。


「愛してるよ、そんなことしなくても……僕は分二を愛している」

「來っ……」

 2人はまた見つめあってキスをした。そして反対に今度は來が上になりたくさんキスをした。

 來は少しわかっていた。分二はとても明るいムードメーカーで、両親にとても愛されていたのはわかってはいたが、なにか寂しげな心を持っているのを感じていた。

 子供の頃、親たちはお金や欲しいもの与えて分二はひとりぼっちだった時期が長かった。その性格を隠すために無理に明るく笑って振る舞っていた。だから來が揺れ動く姿を見て不安になっていたようだ。

「結婚を早く進めようとしたのも……來がどこかいってしまいそうでね、不安だった」

「どこも行かないよ、分二。僕だって無事に結婚式できるか不安だった……」

「ひとまわり年下の君にあんな醜態を晒してしまったよ……ああ」

「僕のことを本気で愛してくれている、改めて感じたよ」

「……今こんな僕が言っても説得力ないけどさ。前も言ったように僕のドクター紹介するよ」

 分二の専属の精神科医のことであった。分二が言うには経営者として情緒を安定することが仕事の安定にもつながるとのことで通っているのだと言う。


「來は服薬は嫌だと言ってたけど……大丈夫な方法もある。時間は長くかかるかもしれないけどカウンセリングもして和らげる方法もある」

「……でも本当に効果あるのかい」

 來は也夜が事故に遭ってから周りからも精神科を勧められたことはあったが、一度体調不良になった際に安定剤も処方されて飲んだ際に体に合わず体調をより悪くしたトラウマもあった。


「あるよ。僕だって、そうだろ?」

「ふぅん」

「やっぱ今の僕じゃ説得ないなぁ」

「……だったら今度連れてってよ」

「おお、大きな進歩」

「そんなに言うなら」

 2人見つめあって笑った。そしてまた分二が上になる。


「來も服脱いでよ」

「まずはシャワー浴びて用意しないと」

「そうだね……」



 來は部屋の時計を見るとまだ夜の九時であることに驚いたが2人で風呂に入ることにした。まだ今夜は長くなりそうだと思いながらも。




 風呂の中で分二の頭を洗う。正面を見て洗うのはやはり照れてしまう。

 分二は平気そうだが、とても気持ちよさそうな顔をしている。


「僕も來の髪の毛洗う」

「うん」

 決まってこの流れた。少し荒っぽいけどもそれはそれで気持ち良い


「見ないでよ……」

「気持ち良さげな來の顔を見るのが好き」

「恥ずかしいよ……見ないで」

「いつも恥ずかしがって正常位でやらせてくれない」

「してるじゃん、たまに……」

「してる時も顔隠すし」

「変態」

「ああ、変態だよ」

 笑い合う2人。さっきまでのシリアスな雰囲気はどこに行ったのやら。


 髪の毛の泡を流し2人で寄り添ってくつろぐ。もう分二のほうはその気なのか体を揺らしボディタッチも多めだ。

 だが焦らすのが楽しい、來は反対に何も触らない。


「早く出よう」

「後少し」

「茹でタコになる」

 と分二は肩を尖らせる。そこに來がキスをする。

「タコ、美味しそう。熱った体が好き」

「來、お前も変態だな。もう出るわー」

「じゃあ出るよ」

「どっちなんだよ」

「はははっ」


 本当に何事もなかったかのように2人はそのまま寝室に行きセックスをした。


 これでいい、もうこれで。


 來は分二との生活を楽しもう、そう思った矢先だった。







 数日後の勤務中。


 例のマダムは常連客となり友達も連れてきてくれた。


「今日は後ろもここくらいまで揃えましたので」

 カットとセットが終わり鏡で背面を見せるとマダムは喜んでくれた。

 隣の友達の女性も結婚後美容室は初めてでそれまで千円カットだったらしく、マダムに誕生日祝いとしてお金を出してもらったという。


「ほんと、イケメンさんにやってもらえるなんて嬉しいわぁ。息子と大違い!」

「息子くんだってイケメンじゃない!」

 マダム同士の会話を微笑ましく聞いている來。年を聞いたら自分の母親とそう年齢は変わらなかった。

 全く連絡を取ってもいないし、母親の髪の毛なんて美容師になってから切ったことも触ったこともない。

 なんか不思議な感じだといつもマダムに接客すると感じる。


「店長」

「はい」

 そんな來の元に受付の美園みそのがやってきた。いつものクールな受付の顔だが少し曇りがある。


「どうした?」

 何も喋らない美園。次第に目から涙が溢れ來はマダムたちに声をかけて美園を奥の控え室に連れて行く。


「体調でも悪いのか? それとも何かお客様からなにか……」

 先ほど電話がかかってきて美園がいつも通りに対応していたのは知っていた。


 美園は嗚咽しだす。來は何事かと。さらに心配になる。


 声が震える美園。少しずつ口を開けて何かを言おうとする。


「……お、おにい……お兄ちゃんがっ」

「お兄……也夜?!」

 美園が大量の涙を流した目で來を見上げる。


「お兄ちゃんの……意識が戻ったの……」

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