第31話 おちつかない
それは前日の夜の話である。
しばらく開店が忙しくて宅配を頼むことが多くなったが今日は自分が注文する、と分二が頼んでいた。
「何を頼んだの?」
「……来てのお楽しみに、だよ」
「気になるなぁー。麻婆丼だったらいいけど」
「來、あそこの麻婆丼好きだよね」
「前食べに行ったやつがまさか宅配で頼めるなんてさー」
「ん? あそこのは小さい中華店で、そっから宅配で人気出てさ、そっから店がでかくなったんだよね」
「そうなんだ、知らなかった。たまたま選んだやつだったのに」
「まぁ、ある程度宣伝料払ってトップ広告に載るようになってるんだろ。まぁ美味しいのは間違いない」
「へへへ」
と、普段のあいも変わらずな会話。來は
でも回りくどくないのが也夜。言葉数少なくて端的に話す。
來は正直、也夜の喋り方の方がどちらかと言えば好きである。
分二は、分二で悪くはないが……とやはり彼のソワソワが気になる來。
「なんかよくわからないけどおちついたら? 分二」
「いや、落ち着いてるだろ?」
「全然、おかしい」
「へへへ」
笑って誤魔化すあたりがやっぱり。そんな時にインターフォンが鳴る。
來が立ち上がるのを抑えて分二が我先に玄関に向かう。
「なんなの」
來は苦笑い。すると分二は何も持たず戻ってきて
「來はリビングで待ってて」
「だからなんなの」
「いいから」
やはり何かおかしい。と來はしょうがなくソファーに座ってテレビを見ることにした。
ダイニングとリビングの間のパーテーションは閉められ何か作業している音はわかる。レンジの音もするし慌ただしく動く分二が音だけでわかる。
一体なんなんだろうか、と思いながらもゴロンと横たわるとCMが流れた。
普段あまりテレビを見ないから突然流れるとびっくりしてしまったがじっとテレビの画面を見つめる。
映画好きの分二の嗜好でテレビは大きいものに変えられた。也夜と選んだテレビは違う部屋にしまってある。
也夜が活動を休止していても契約を継続してくれるメンズ美容の会社のCMだ。
ふと流れる也夜の映像、息を飲んでしまう。普段は2人きりの時は穏やかな顔して柔らかいふわふわっとした彼の顔を思いだす。
みんなが知らない、也夜の本当の表情。來はCMの途中だがテレビを消した。
そして頭を掻きむしった。なんで忘れたいのに忘れさせてくれないのか、でも本当は忘れたくない……こんな矛盾、辛いと來は苦しむ。
分二との生活は満足しているのに、でも也夜との生活もよかった、2人とも違ってそれでいい。何も不満なんてないのに。
不定期に襲う來の也夜への想いがまた爆発し暴走する。
その時だった。
「來ー」
分二がパーテーションを開けた。さっきまでの笑顔とは違って少し真剣な顔だ。そしていい匂いもパーテーションを開けることでさらに匂う。
料理は洋食のフルコースできっと配達のものをお皿に盛り付けたのであろう。明日は來は仕事だからお酒は控える彼のこと気を遣ってノンアルコールのお酒も置かれている。分二の方も合わせてノンアルコールの別の種類のお酒であった。
「どうしたの? どっちかの誕生日でもないし……なんかいいことでもあったのかい」
「その、開店祝い……してなかったし、それに」
ああ、開店祝いか。とさっきまで苦悩で横たわっていたのだが一気にモヤが晴れたかのように目の前の光景を理解し始めた來。
「開店祝いと、その……來……」
急に口籠る分二。
「……結婚しよう」
「分二……」
突然のプロポーズに声が出なかった。数年前に也夜にもプロポーズをされた、あの時を思い出す。
目の前にいるのは也夜でない、分二だ。背丈も全く違う、見た目も、メガネや服の好みも匂いも何もかも違うのに。
「本当はレストランとかそういうところでプロポーズするものだけども僕はそのーなんかね、緊張しちゃうし。ほら今だってさ……めっちゃ緊張……してるし今」
分二は落ち着きを少しでも和らげようとしているのか少しずついつもの彼に戻る。
「ほら、來は也夜にもプロポーズされたろ? それとは比べ物にならないほど良いプロポーズってなんだろうとかあれこれ考えていたら……こうなったわけで。ちょっとやっぱり地味かな」
來は也夜にプロポーズされた時のことを思い出した。
普通に会話の中での流れであった。だからここまで緊張することもなかったし、也夜らしかったし、來もすんなり承諾した。
まさか、こうして人生で2回もプロポーズされるだなんて思わなかったであろう。
來はどう返事すれば良いのだろう、分二はすごく考えて必死だったのがわかる。
「僕は來を幸せにしたい。もう辛い思いはさせたく無い」
「分二……」
來はそういって分二を抱きしめた。分二も抱き返してくれた。
「來、プロポーズ成功か?」
見上げる分二はすごく満遍の笑みだ。満足げである。
「ああ……」
來は微笑んでもう一度抱きしめた。分二に全てを託そう、自分を。
分二と結婚すれば、也夜を忘れられる。
なんて安易な考えだろう、來は思ったが。
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