第30話 開店
「いらっしゃいませ、こちらへ」
とうとう開店の日。店の前にはたくさんの開店祝いの花。大輝からのお祝いの花もある。綺麗な白と黒のモノトーンで統一された内装。
同じくモノトーンコーデで出迎えるのは
その姿を見た
こんなことで也夜を思い出して不覚だ、と思いながらも仕事を始める。
新規開店ということできたもののいれば、大輝の店にいた頃の自分の常連や也夜のファンも少なからずいた。それはそれでいい。
クーポンを利用して一回きりの客だっている、也夜の恋人だった來見たさにくる客だっている。
也夜の今を知りたいものも客として来たが今はもう交流がないということを周知されていないのかそういうのは平気で質問される。
ここで來が知らないとかもう今は付き合ってないとかいうともう次はないだろうと思って言わないようにした。
うまく誤魔化して病室に入ることができないとか、会いたいけど仕事が忙しくなってしまったけど受付にいる美園から報告を適宜もらっているととりあえず言ってはいる。
美園は來の意志を尊重して滅多に來に也夜のことを話すことは無くなった。
中には美園と結婚したらどうかとか、也夜とは結婚して子供を美園に産んでもらうのはどうかという客もいたがそういう客は一回きりの来客であった。
その時は笑って誤魔化したが今、來は分二と付き合っている。それに美園に子供を産ませる、そんなことを……と一瞬腹立たしいと思ったがそういう手もあったのか、だなんて思ってしまったがそれはやっぱりだめだと來は自省した。
懸命に働いている美園。來は初めて彼女が笑う姿を見た。
リカとは違う大人な品のある女性、と言ったところだろうか。
來には残念ながら靡かなかったのだが性的な意味では。
リカは性的に魅力的だったがそのほかはもうどうでも良かった、今思えばと。
「店長、也夜くんは元気かしら」
またきた、と思いながらも珍しいマダムの客が白髪の髪にパーマをかけにきたのだが彼女の世代にも也夜の存在が知られていることにはびっくりした。
「ええ、彼の家族からはそう聞いています」
といつものように返す。マダムが來が性にだらしない生活をしていたという変なありもしない噂話を知っていたらどうしよう、と思ったがそうでもなさそうだ。
「結婚式楽しみにしていたのよー。雑誌で特集予定だったみたいだし」
「ありがとうございます。叶わなかったけど……」
そう、也夜が専属モデルを務めるメンズ雑誌で取材を受けていた。指輪選び、前撮り、そして結婚式……それが雑誌に載る予定だった。
來は横顔や後ろ姿など正面から顔が見えないアングル。
初めてのモデル体験ではあったがさすがモデルの也夜の振る舞いについていくのが大変であったがこっそりと彼がエスコートをしてくれたことを思い出す。
また思い出してしまったか、と來。だがこうして也夜を知っている人たちがいて、その人たちと接するのならしょうがないことである。
「でも、別れたんでしょ」
「えっ」
ひやっとした來。マダムも來のスキャンダラスな日々を知っていたのか。
「周りから反対されたんでしょう、本当は。乗り切ったのにね……残念」
「……」
突然のその言葉に返すことはできない。
「まぁそれは見えていたわ。乗り越えても反対してた人の心の中はそう簡単に変えられない。事故をきっかけにもの言わぬ也夜くんをいいことに互いの中を引き裂いた……」
さっきまでのマダムのテンションとは違う、來は感じた。
「あなたたちには結ばれて欲しかった。でももう無理なのかしら。ミーハー心とかじゃないのよ」
來はとにかく手を動かした。でないと目から涙を流してしまいそうだからだ。
「娘がね、同性愛者だったから。私たちが反対して……。強く。普通に育てたつもりだったのに! ってさ。……そしたら2人で無理心中して……」
「……」
「一人娘だったからね。主人も交際の話を聞いて激怒したし私もどうすればいいやらで……話を聞いてあげればよかった、なんて後からどうでも言えるけど。たまたま気になっていた也夜くんが同じ告白をしてもっと応援したくなって……応援してたわ」
「……」
來はもう堪えきれず涙が出ていた。也夜の元には何通か同じように同性愛者からの手紙やSNSの書き込みがあり、來は見せてもらったことがあった。相談も多かったらしい。
彼らの結婚によって前に進めたというのもあれば家族にカミングアウトして反対されて別れてしまい、2人の結婚は自分たちの代わりであるとも言っていたものもあった。
前の店で働いていた頃にも也夜から知った人たちが來に相談しにくることもあった。
だがどの話を聞いても辛辣なものばかりであった。
來はというと両親は反対しなかった。もともと來のことを放置していたというのもある。原因はよく來にもわかっていないが昔から家族崩壊はしていたと思われる。
也夜の両親たちは大反対していたものの、來の両親は会おうともせず結婚式にも来ないとのことだった。
結婚が也夜の事故で無くなっても連絡も一切ない。
これは來が同性愛者とわかる前からだから別に良い、と來は思っていた。
同じく同性愛者である大輝のそばでずっと働いていたからなんとも思ってもいなかったがやはり身近にいた両親が無関心であったのが一番辛かったようだ。
賛成も反対もしない、守ってもくれない……。
マダムの話を聞いてふと我慢していた感情が溢れ出た。
「……私はまた也夜君が目覚めて2人結ばれるの信じているけどね。でもあなたが他の人と幸せになることも也夜くんは許すと思うわ」
実はこの日の前日。分二から結婚の話が出たのであった。
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