第28話 分二という男

 分二ぶんじが美容院に来ていた頃もかなり回数は多いとは思っていたがそれは久しぶりで。あいも変わらず長い時間お店で話をしていた。


「僕が仕事頑張らないと推しを推したくても推せないでしょー。清流ガールズNeoは一応僕が不在の時でも定期的に動画見たりSNS拡散したり、他の同担にも頑張ってもらったりさー取引先でも推し紹介したり……」

「でも推してた子……」

 そう、分二が推していた子が妊娠発覚して結婚引退してしまったのだ。

 自然と引退する予定がリカの件でゴタゴタしてしまったりもするが、あまり騒ぎが広がらず終わった。


「火消し大変だったよ。あの子は子供も生まれるしさ、体にも障るでしょ……それにまたこの世界に戻って来られるように支えてあげるのがオタクの宿命さだめよ。あの子は踊って歌ってアイドルしているよりもモデルやインフルエンサーが向いているんだと思うんだ。出産してからママタレとして多分カムバックするんじゃない? 多分地元だけじゃなくて名古屋、いんや……東京にも行けちゃうな。あと英語も堪能だからそれプラス韓国語か中国語マスターして世界を目指すのもありかもしれない」

 どうやら分二が手を回しているようだ。かなりの熱い語りよう。今後の展開に関しては分二の妄想に過ぎないのだがそうやって彼が推しに言い、お金を出すとか言ったらその通りにやってしまいそうだなぁ……とふむふむと聞いている。

 どうしてそんなことができるのだろうかとらいは思ったが深くは聞けなかった。


「リカちゃんに関しては僕は知ったこっちゃない、ごめんね……ってごめんね、はおかしいか、はははっ」

 と、大きく笑いながら來の背中を叩いた。どうやら推し以外はどうでも良いらしい。叩かれた背中が痛いと來は背中をさする。


「大輝さんにも來をよろしく頼むって……師弟関係だとついつい手を出したくなるから崖から子を落とす虎のようにいまは距離を置きたい、第三者の僕に任せた! ってさ」

 最後の酷いセックスは完全に嫌われるための行為だった、と……。


 あれからは直接会っていない2人。メールや電話で交わした程度だ。だが色々と手を回してはくれている。一応まだ今は大輝の店の所属だがはやく独立の準備を早くしなくてはとそういう気持ちになった。突き放してもやはり元彼の來のことは気になるのであろう。


「そういえばさぁ……あれだなぁ」

 少し分二の顔の笑顔が曇った。

「也夜との結婚、残念だったな」

「……残念ていうか、なんというか」

 やっぱりこの話は避けられないか、場の雰囲気も変わった。李仁と湊音も顔を合わせるが2人とも苦い表情になっていた。


「……僕は結婚式に呼ばれなかったけどさ、2人の結婚楽しみにしていたのになぁ」

 分二はなぜ結婚式に呼ばなかったのだろうか、來は思い返す。自分とは親しくはないが顔馴染みである、しかし也夜とは面識はなかった、と言っても也夜はモデルで有名人。一方的に分二は彼のことを知ってはいた。


「すいません、呼ばなくて……」

「いーやいやいや……僕が呼ばれたところでねぇ。來くんは僕の担当じゃなかった……まぁシャンプーは毎回君だたったけどさぁ」

「それだからこそ……すいません」

 來は頭を下げると分二はまた笑った。


「いいよいいよ。それよりも……本当に別れちゃったのかい」

「……はい。でも彼は知らないことです」

「そうだよね、寝てるもんね。あちらのご家族は也夜くんの気持ちを聞かずして君と別れさせるだなんて……辛いよ。お似合いだったのに」

 言うことは暗いが明るく言えるのは他人事なのだからなのか、分二の性格でもあるのだろうか。


「まぁまぁ……でも君もこれから新しい船出に乗る決意はあるから僕とこうして今日会うって決めてくれたんだろ」

「はい……まさか分二さんとは思わなかったけど、僕は将来のことを真剣に考えなきゃダメだって」

 すると分二が立ち上がって來の右手を両手で握って振る。周りのことはお構いなしだ。


「すごい、すごい。そうだよー。君のは素質がある。スタイルもいいしイケメンだし、とても細やかに作業もできる。絶対いい美容院できるよ!」

 どうしてこんなにもポジティブになれるのだろうか。というよりも無邪気さもある。李仁や湊音、他の客も少し呆気に取られているがこの雰囲気は何度も美容室でも分二がいるとこんな感じだったなぁというのを思い出した。


 自分にはないプラスのパワーを受け取った來は左の手を握って深々と頭を下げた。

「よろしくお願いします……分二さんっ」

 自然と涙がこぼれ落ちた。もう自分には後がない。何がなんでも立ち直らなくてはいけない。そうでもしないと來は也夜のことを忘れることはできない、そう思ったのだ。




 店を後にし、來は分二を部屋に招き入れた。久しぶりに人を入れる。もう人を入れるものか、とリカの時には思っていたが……自然の流れで。




 しかし……そう言えば、と來は思い出した。大抵大輝と繋がっている人間は同性愛者だったということを。


 その時にはもう、來は薄暗くした部屋の中、ベッドの上で分二と体を重ね合わせていた。もう3人もの也夜以外の人とこの上でセックスをしたのだ。(1人は未遂)


 本当に自然の展開である。分二のリードは上手くてすぐ人の心の窓を開く。

 気づけば心を開いてしまった來は寂しさを埋め合わせるかのように求め、受け入れた。でもなおやはりセックスは嫌いだがこれまた分二のおかげかすぐに快楽に変わった。


「若い子はいいね、肌もすべすべしているし匂いもいい。締まりもいいし……」

 と分二は來の長い首を筋をつたって唇をあてがい、根元ら辺でキスマークを強くつけた。リカは年下だったが大輝も也夜も年上だった。分二は來より10才も上である。


「ずっと君のこと気になってたんだよ。大輝の恋人でもあったし、也夜くんとも付き合っちゃって……近づけなかったけど、こうして君のことをこんなにも愛せることができるだなんて幸せだよ」

 ずっと……來はそんなことに気づかなかった。自分は鈍感すぎるのはわかってはいたようだが、と來は体のあちこちをキスしてくる分二に少しくすぐったさを感じる。


「反応いいね、また……できそうかな」

 分二が微笑む。こんなに求めてしまうのは少し前、ゲイバーで荒んでいた頃以来だろうか。來は熱くなる体がまだ反応し分二を求めているのに気づく。体を擦り寄せる。


「はい……もっともっと……気がおかしくなるくらい抱いてほしい……」

「あぁ、頭の中全部僕で埋め尽くしてあげるからね」

 キスをした。激しく、激しく。


 だがキスは也夜のほうがうまかった、來はそう思ったが一瞬で分二に埋め尽くされていく……なんとも不思議な感覚であった。


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