第2話 謎の着信

 今夜は式場の提携するホテルで二人は宿泊する。

 特に高級ホテルとはお世辞でも言えないのだが、朝も準備で慌ただしいから式場が部屋を用意してくれたのだ。


「今夜は寝られるかなぁ」

「寝させない気?」

「いや、らいのいびきひどいから」

「ちょっとさぁ……」

「あと寝坊はしちゃダメだから、目覚まし時計設定しておかないとね」

「大丈夫だよ、也夜なりやが先に起きるんだから」

「僕に頼ってばかりはダメだって」

「なんで?」


 モデルの仕事をしていて真面目な也夜は寝坊も遅刻もしない。


 反対に來は寝坊して遅刻もしやすい。店長の大輝に何度か怒られたことはある。だから來は也夜の家で泊まる際は也夜をあてにする。

「いつまでも僕をあてにしないで」

 と真剣に也夜が言うと來はエッと声が出てしまった。なぜにこんな時に? と。


「君はもう22歳。大輝さんにも釘刺されたんだよ。もうアシスタントからさらに昇格したわけだし。一緒に住むから遅刻は減るだろうけども來自身自分で起きられるようにしないとねって」

「大輝さん、也夜と何話してんだか……まぁなんとか頑張るよ」

「厳しくするからね」

 少しシュンとした顔をする來。すると也夜はニコッと笑った。


「ウソウソ。僕は鬼になれません、ちゃんと來を起こすから」

「どうやって」


 來があざとく首を傾げると也夜がベッドに來を座らせてそしてそのまま押し倒す。

「也夜っ」

 その來の声を也夜は唇で塞ぐ。何度かキスをして來は笑う。

「キスして起こす」

「……いつもじゃん」

「うん。それで押し倒されて布団でぬくぬくして……」

「結局遅刻……也夜のハグが幸せだから」

「僕も、來とのハグ、最高に幸せ」

 再び2人はキスをする。


「もう、也夜。こういうのは……もっと夜になってからだよ」

「初夜……と言うのか? 前夜?」

「前夜祭?」

 也夜は來の首筋にキスをした。來は気持ちよくて声が出てしまう。


 甘い香り、也夜の甘い香水の香り、それとリンクしたシャンプーの香り。自分の中に入っていく幸せ……抱きしめ合う。

 幸せだ、來は胸いっぱいになる。


 ピコン


 その幸せの余韻を打ち消すかのようにメールの着信がなる。それは也夜のスマホからだ。

「鳴ったよ、也夜」

「ん?」

「もしかしたら式場の人からかもしれないし」

 しっかり者の也夜の方がプランナーや式場の人と連絡を取り合ってるのは事実である。人気モデルで多忙な割にはなんでもこなしている。忙しい方がいい、とも言うのだが……來は年上の彼につい頼ってしまう。


「……そうだね。それにもうディナーもあるし」

 と名残惜しそうに也夜は來の頬にキスしてから体を起こしてスマホがあるテーブルに行く。來も体を起こして熱った体と高鳴っていた鼓動、頬が赤らんでいることも気づく。


 也夜の性格は王子様ではないのだがやはり男前の出立ち、いちゃつく際のエスコートの仕方にはドキドキせずにはいられない來。


 しかしスマホを見て立ち尽くす也夜。その彼の背中を見つめる來。


 自分とそう身長は変わらないが背中の広さについ抱きしめたくなる、そんな気持ちはもう何度も。

 今もだ。


「也夜っ」

 と後ろから抱き締めると也夜は大抵笑ってなぁに? と返してくるのだが今はなぜか違った。返答がない。

「也夜?」

 返事がない。

「……あ、ごめん。ぼっとしてた」

「相変わらずだよ、返事がないから只事じゃないかと思った……食材が切らしてとか、欠席しますとかさ」

「じゃないんだけどさ」

 返事が曖昧になる也夜。來は顔を覗き込むが目を合わせると微笑んだ也夜。


「友達がさ、会いたいって」

「友達……僕知ってる人?」

「……知らない」

「明日はくるの?」

「来ない……人」

「じゃあ会ってきなよ」

「えっ」

 也夜は振り向いた。來は時計を見てまだディナーの時間の前だと。

 式場側からのプレゼントで式前夜のディナーもこのホテルのレストランで用意してくれている。

 明日は式でも美味しいご飯が出るが緊張してまともに食べられないだろうし夜はきっと二次会三次会で酒に呑まれてぐだぐだであろう。


「まだ時間あるし。式に来れないんだったら会ってきなよ」

「……いいの?」

「いいよ、だってこのままだとイチャイチャしてディナーに遅れそうだったし」

「來」

「冗談、まぁ別に今でなくてもいいけどさぁ。それに僕は結婚しても束縛するとかないし、その人が会いたいって言ったら会う時だと思うよ。会わなかった後悔、一番辛いだろ」

 來はベッドに仰向けで倒れ込んで足をバタバタさせた。

 互いの親交は知っている人もいたが知らない人もいたりする。

 だが深くは気にしていなかった來。也夜も同じであった。

 友達もほぼ男性であるし、中には同性愛者も数人いる。


「束縛された記憶はないのだが……」

 也夜は笑う。

「僕は也夜を信用しているし、そんなことはないだろうし、もしもだよ。もしものことがあっても人気者で世界にも顔を知られている君が何かあったら……この世には生きていけないよ」

「それは怖いなぁ……」

 これも間に受ける也夜。少し冗談を信じ込んでしまうというか冗談が通じないところがある。


「はいはい、じゃあもう行っておいで」

「わかった。ディナーの時間までには戻ってくるよ」

「うん、さっきの続きは夜でいいから」

「初夜の前夜?」

「もうそれまだ引きずってる……」

 也夜は手を振って部屋から出た。


 來はベッドに寝転がった。明日はどんな式になるのだろう。どうみんなの前で出ていけばいいのか。人前が苦手だが也夜と幸せになる、それを見せびらかす……恥ずかしいのやら嬉しいのやら。


 ついにやけてしまう。スマホの中にある前撮りの写真の也夜。タキシードをビシッと着ている。

「あぁ、かっこいいなぁ」

 と声に出してしまう來。


 だが会わない後悔よりも会わせた後悔をするだなんて、そんなことも知らない來の頭の中は花畑であった。

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