第3話 幸せから一転

 ディナーの時間の一時間前になっても也夜なりやはその時間になっても帰ってこない。


 遅刻どころか一時間前には必ず動くひとなのにとらいは不安になる。

 メールも既読にならない。電話も繋がらない。


 也夜の言っていた友人とは? 共通の友人はいる、だが過去の人間関係は互いに知らない、結婚式で会うのが初めての人が多い。


 なぜ結婚式で会えばいいじゃないかと言わなかったのだろう。それがぐるぐると來の頭の中を巡らせる。


 ディナーが用意してあるレストランにはあと一時間ずらしてもらうようにと電話をかけようとしたその時であった。





 知らないところからの着信。


 普段は出ないようにしていたが也夜からの着信かと思ってつい通話ボタンを押してしまった。うわっ、と來は思ったが少し間を置いてスマホを耳に近づける。


 知らない着信の際には声を出すのは少し時間を空ける、という謎の自分のルールを來は設けていた。


 だがその間を割り込むかのように甲高い女性の声が聞こえてきた。もちろん聞いたことのない声だ。


『もしもしっ、この電話の持ち主の方のお知り合いの方ですかっ!』

 ずいぶん早口である。だが持ち主、という言葉に來は察した。何かあったと。


「は、はい……上社かみやしろ……上社也夜の……その……」

 まだ自分たちは家族ではない、來は也夜との関係をなんと言えばいいのか。

 彼氏というと電話先で混乱するのでは、恋人か? 短い時間の中で來は混乱しながらも次の言葉を発する前に


『失礼ですがご家族ではない? ご友人?』

 と言われて來は

「……はい」

 と答えることしかできなかった。


『実は〇〇病院のものですが、ご家族と連絡は取れますか?』

「……病院?!」

『はい、この……かみやしろ、なりやさん? 事故に遭いまして』

「事故……」

 來はそれを聞き膝から崩れ落ちた。


『車に轢かれて……歩道を歩いてる際に。一命は取り留めましたが身分証が……あったあった。上社、也夜さん』

「也夜……也夜っ」

 來は全身が震えスマホを落とした。




 その後、來はどうやって也夜の妹、美園みそのに連絡したか覚えていない。


 連絡はついて先に也夜の両親が病院に、美園が來のホテルの部屋に来てタクシーに乗り込んだところで正気に戻った。


 美園は横で電話をしていた。道が混んでいてなかなかタクシーが進まない。

「來くん、大丈夫? お兄ちゃんまだ意識はあるって……しっかりして」

「也夜……」

「なんで一緒にいなかったの?」

 來は自分が也夜に友達のところに行っても良いことを認めてしまった自分を責めている。それをまだ美園には伝えていない。


「僕のせいだ……僕が……」

「まさか喧嘩とかしたの? 明日結婚式だったのに」

「僕が也夜に……友達と会ってきていいよって。僕がいけない。いくな、友達なんていつでも会える……僕のそばにいてって、僕のっ!」

「……來くん、落ち着いて」

 タクシーの運転手がチラチラ來のことを見ている。


「運転手さん! 早くして!」

 美園が捲し立てる。かなり気が強い。

「……は、はい」

 運転手はそういうがなかなか進まない。タクシーの中では來がずっと自分を責め続ける。


「……あああ、もうっ。車進まないし」

「この時間帯は帰宅ラッシュですからねぇ」

「いいからどこか回り道とか抜け道とかで行ってよ! こっちは病院向かってるんだから!」

「は、はい……でも」

「でもとかさ、なんなの?!」

 美園はさらに強い口調になる。優しい也夜に比べてかなり言葉が強い妹である。來より一つ下でしっかりものだ。

「……じゃああそこから抜けますね」

 タクシーの運転手はカーナビを使っていた。どうやら経験値の低いタクシー運転手を捕まえてしまったようだ。


「もう! やれるならさっさとやってよね! 來くん、あなたもしっかりしなさい!」

「美園ちゃん、わかってるよ……わかってるけど……」

「一番悪いのはお兄ちゃんを轢いたやつ! 次は來君を置いて外に出たお兄ちゃんなの!」

「違う、僕が悪い……」

「悪くないんだから、ウジウジやめなさい」

 美園は呆れてる。


「……もう、お兄ちゃんも來くんもこんなんだから心配だったのよ。前から」

 タクシーは抜け道を通りなんとか渋滞を脱出して病院まで着いた。

 美園はカードで精算し出ていく。來はタクシー運転手に深々と頭を下げて出ていく。


 病院を目の前にしても也夜が事故に遭ったという事実が信じられず突っ立ってると

「行くよ!」

 美園が來を引っ張る。一番辛いのは也夜の家族であることはわかっているのだが、自分は家族ではない事実もショックなのでもある來であった。

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