待ち望んだ願い。

ああ、もうわかった。


お前が悩みに悩んでいるのが月が好きだから。

狩人が好きだから。エルフが好きだから。


この世界に好ましい存在を見つけたからだ。


だから帰りたくない思いが強まっている。


しかしそれをそのまま叶えるほど天使はお前に優しくない。

どうにかしてお前が死ぬように願いを呪いに変えるだろう。


だから

『わかった。』

私の今の力では呪いになるのを変えられないが、お前の願いが極力叶うように捻じ曲げる。

だからこの世界を救う可能性を見せてくれ。



『望むとしたら、なにを望むつもりだ。』



何度待っても願いが決まる前に体が衰弱死してしまうため、天使に似せた声で私の声を届けた。


管理者としては禁忌だ。

だがもう既に月の失神時に手を貸してしまっている。


管理者の範囲でできる事だけをしていたら世界が滅ぶ。




転移者はまだ迷っているようだ。

時間がない。


『迷いがあるなら願いは…』


願わないなら余った力で0日目に戻せる。

そしたらもうこれを助けるのはやめよう。

次の神格を持つ者が転移する可能性が無いかもしれない。


もうそれも受け入れよう。


最後に願いや感情を思い出せてよかった。

それだけでもこの転移者の命を伸ばし続けた意味はあっただろう。



【私がこの世界に来たことを、なかったことにしてほしい。】



願いが決まった。


この言葉だけが天使に届いた。


事象を打ち消してなおかつ元の世界に戻すには裂け目の魔素が足りない。

なら、元の世界に戻す必要はない。

転移者ごと無かったことにすれば良い。

しかしこれだけ死を繰り返して辿り着いた答えがこれではあまりに哀れだ。

消える前に元の世界に戻れたような錯覚をさせてやろう。


天使は試練という名前の精神的苦痛を与え続け、元の世界でもこちらの世界でも生きていくのが苦しいのだろうと3日かけてわからせていた。

恐らく「死にたい」「消えたい」と言わせたかったのだろう。


まったく、余計な事をしてくれたものだ。



命にかかわる干渉をしてしまったため、完全に呪いに変化した。


勿論叶わなければ天使は消滅する。叶えば呪殺になるが、無かったことになってくれるのならばエルフや月の暴走は抑えられるだろう。


これで運命を確定させよう。



――――……


「「違う。」」


【約束を守りたい。】これが私の望みだ。


――――……




何だと。


天使が届いた声を使って巨大な魔素を操っている時に願いの変更の声が混ざりこんでしまった。



結果、呪いの内容は複雑に変化した。



この転移者は、私が決めた運命を壊したのだ。



面白いではないか。


ああ、面白い。なんて久しぶりだ。

だが、とても面倒臭い。



まだ私は管理者どうぐだ。

この面倒な者に、僅かに湧いた感情が苛立ちしか無い。

ただ効率だけを求めないのであれば、先程の面白いという感情を取り戻せるのではないか。


今は煩わしさしかない。

私が何度も助けた命が呪いを複雑に変えただけの存在になってしまったのだから。

しかも、保険の天使は今回で穢れた。どの結果を迎えても主神にはなり得ない。

ことごとく私の労力を無駄にしてくれた。


ただ、もしこれが呪いを解ける奇跡を起こすなら。

もし……私が神に戻れたのなら、言葉を交わしてみたい。



この奇妙な転移者が滅んでも生き続けてもどうでもいいはずだ。むしろさっさと死んだほうが楽だ。


こんな弱いものが主神になれるはずもないし、エルフと月が怒らずに済ませれば良い。



どうせ死んで消えてしまうだろうが、運命の管理者の私なら消えてしまった転移者おまえを覚えていられるかもしれない。




慌てて呪いの内容を確認する天使を眺めながら、自然と朽ちかけた肌が感情を表現しようと口元を捻じ曲げた。




長い付き合いになることを待っているよ。転移者。


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異世界転移者死亡記録 匿名 @Nogg

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