第2話
「おおおお、あああ!!」
ボロが叫び声を聞いたのは、キリに入ってすぐだった。纏め屋のパチかと思ったが、どうやらその声はパチのものではない。
その声はボロの入ったちょうど今しがた突然発せられたみたいで、みんながそっちを見てほっぺたを挟んだ。
「ラカ、どうしたんだい。パチが痛くなるだろう」
やっぱり先生はいた。でも、なんでみんないるんだろう。ボロはみんなより早起きでないといけないのに。
「ううあ、見た!見た、!」
声の主は砕き屋だった。ボロはラカが嫌いだった。だって耳が三角だったから。三角は違うから、みんな三角を良いと思わない。だからボロは砕き屋が嫌だった。
ラカは目玉を渦巻きにしてパチの上で蹲っていた。パチのふわふわで曖昧な頭は、ラカによって靴跡になっている。
「び、ビドロが、」
「…ラカ、落ち着いて。とりあえず足を退けようか」
「先生、先生、ぱ、ぅ、」
ついにラカはサラサラと指の先から砂になった。
「!ラカ!」
慌てて先生はラカを持ち上げて別の場所に移した。
「あっ、パチの頭に砂が!」
パチの頭は不安定だから、そこにラカの砂が混入するとパチが混ざってしまう。リバリに同じものは必要ないし、キリは最もそうなのだ。
途端にグツグツグツ、と噎せるようにパチの頭が茹だり、弾ける。先生は2人を見比べてむつかしい顔をすると、いちばん近くにあったボロの机にラカを座らせることで避難をさせ、木の人形みたいになったパチの頭に手を突っ込んだ。
ボロはしゃがんでいるみんなの間をグイグイと無理に進んで、自分の机に向かった。
「ぅ?ああ…ぅえ、あ…」
ラカの座る机は、ボロのものだ。「ホールカッ」と今朝食道に詰まらせたヒロモロの声がした。ボロはげぷ、とひとつげっぷをすると缶詰を口いっぱいに集めたみたいな顔をした。
「ねぇラカ、何してるの?」
「見えたの」
「見たの?」
「うん」
「……ビドロ?」
「……ぉあ、ああ…」
ラカの指先がまた砂に溶けた。ボロはふぅんと鼻で息を吐いて、上着のポケットの中に落ちた砂を掴んでは流し入れた。砂はてらてらと光っていて、なんだかもったりしていた。
「窓?」
「違うぅぅ…」
「…うーん、じゃあボロは知らないなあ」
「……理科室」
「理科室…」
キリの庭を、みんな理科室と呼んでいる。けど今理科室は、ラボリアの大繁茂のせいで背鰭族の住処になってしまって進入禁止なのだ。
「理科室に入ったの」
「窓、砕いてたの」
ラカは砕き屋だから、メリンビの窓の始末を先生に言い渡されたのだろう。確かにビドロの欠片が2階から滴っている。見上げれば窓は灰色のそれになっていた。
「見た」
「……」
ヒロモロの「ポポクロス」に、ボロはまた、んげふ、とげっぷをした。
理科室になんでビドロが?背鰭族が法律違反をするとは思えないけど…起こったのだろう、何かが、理科室で。
ボロはラカのせいで仕事が始められそうに無かったので、ロープを足に括り付けて、引っ張られるままに2階に登った。
理科室は華奢だった。ラボリアの無数なゴマの目玉でボロを見つめているし、背鰭族は遠目で分かるほどガチガチと歯を鳴らしてラボリアの心臓を貪ってる。
その真ん中に、ビドロが居た。
「ヒロモロ」
「チクタ」
ボロは目をまん丸にして喉に手を突っ込んでヒロモロを引っ張り出し、灰色スイッチをオフにして、窓辺に置いた。
ヒロモロの目がぢ、とそれを見た。
「あれって、何処」
「ワニ」
「うん…だよね。ボロの目が違うのかと思った」
ボロは片目だが、見えるのだ。距離は上手くないが、今回は間違わなかったらしい。
ビドロが理科室に落ちていた。
「明日も今日も、ビドロばっかり。…リバリが大変なことになるね、どうしよう」
「ロセラシ」
「うん…うーん…うん、う…」
口の中でモゴモゴとやるボロに、ヒロモロは痺れてボコりと短い蹴りを入れた。その拍子に三口のボタンが取れて、2階の隙間から1階に落ちた。
ボロはそれを追いかけるように柵に身を乗り出すと、蜂色ボタンはカツンと音を立ててテネの嘴に落ちた。テネは視線すら向けなかったが、パチを落ち着かせたらしい先生が音に振り返った。
ボロと先生の目線がカチリと合った。
「ロドビ!」
「…、!」
ヒロモロの声に、眠ったみんなの中心にいた先生が目を丸くする。ボロは晴れた気がした。ボタンがまた落ちてしまった。リパにまた上着を頼まないと…。
「ボロ!そこで待っててくれ」
「はい」
すぐに、先生は段々畑みたいな棚を駆け上がって2階に来た。そして歩きながら横目で理科室を見ると、また目を丸くした。きっとビドロを見つけたんだ。
「ボロ…ラカからなにか聞いたのかい」
先生は姿勢を低くして、ボロと目線を合わせた。
「ラカは、あのビドロを見たみたい。あの子は確か、うん、ビドロが好きだったから…」
「そうか…ヒロモロは」
「ンハブイナ」
「え?」
「ンピワレア」
その言葉に、先生は目を見開いて息を呑み、理科室のビドロを見た。そして今度は先程ボロが身を乗り出した柵に手を掛けて1階を見下ろして端から端まで見渡した。
「…いない…」
反してボロは、ジッと理科室のビドロを見ていた。確かに、今しがたゆっくりとラボリアの根に絡まっていこうとしているビドロは、見覚えのあるマジパンだった。
「…ボロ、悪いが今日は休みにしようか。」
「リバリのキリは1つ。ジャムが作れない。先生はジャムを作るの?」
「…」
「チャム」
「材料がないんだよ。仕方ない。ボロ達は作るのに3ヶ月を掛けるよ。その間にラボリアは2階のカーテンになる」
「ンダシハヤメツニ!」
「……分かったよ。ボロ、ヒロモロ」
沢山の後に先生は頷いて、ボロの手を取った。
「任せていいかい」
「ボロは元々だよ」
「…ああ、そうだね」
「配給のヒロモロが、良くなかったから?」
「…」
「ごめんね」
頭に置かれた先生の手に、ボロはなんとも言えない襟を見た。
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